サンセバスティアンに行ってきました

    久々にサンセバスティアンに行ってきた。スペイン最北東部バスク地方、フランス国境まで車で20分。美食で知られる小綺麗な街だ。日本でもこの頃知名度が上がってきたようで、視察に訪れた食のプロとおぼしき日本人もちらほら見かける。

    今回はロンドンの友達を連れての週末旅行。ヘロヘロに疲れるまで食べて飲んで笑ってきた。

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    林檎酒を注いでもらったんだけど…
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    ほとんど入ってない
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    気を取り直してみんなにも注いであげる
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    ご褒美にごはんを食べる
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    そして記念撮影。

    子が親を看るということ(日本)

    滞日中、両親がお世話になっているケアマネジャー、医師、金融関係の担当者と面談する機会があった。

    どれも親の用事で、私は来ているついでに話を聞いておこうと思って同席したに過ぎなかったのだが、三人が三人、本人である母または父よりも私の方を向いて話をなさった。

    父は後で「年寄りは耳か頭が悪いから、子供さんにしっかり聞いといてもらおうってことだろうね」と、冗談とも本気ともつかない薄笑いを浮かべた。

    まあ親のことは本人が動けない時動ける私と兄も把握しておくべきで、同席は有用だと思う。でも、医療にしろお金のことにしろ決めるのは本人なので、「ご家族が同席されないと大事な話はできません」(実際、医者がそう言った)では、ご家族のいない老人はどうしろと?

    子が親を看て当然、という考え方が日本には歴然と残っているのを実感した。それが親から個の尊厳を奪ってもいる。

    薄笑いのまま晩酌に余念がない父に、ふと「そういえばさ、パパもママも親の介護なんてしなかったよね」と問いかけた。「しなかったよ。全然しなかった」。実際、両親がそれぞれの親に最後に会ったのは亡くなる数ヶ月〜数年前だった。二人とも長子ではなかったし、母は親きょうだいから遠く離れて住んでいた。父は同じ東京にいたのに滅多に見舞いにすら行かなかったが、きょうだいが大勢いた親世代では、珍しいことではなかっただろう。貧乏くじを引いた長男妻さんたちにはお詫びのしようもないけれど。

    世代が下って私の年代になると子供は二人が平均だ。実両親か義両親の介護のお鉢がほぼ確実に回ってくる。その子供の世代となると、もう無理なのが目に見えているから、政府は制度作りを急いでいるわけだが、間に合うかどうか。

    子供もいないし日本にもいない私の老後には起こりえない問題なのが、有難いようなものだ。

    食べ続ける獣(父)

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    You は何しに日本へ

    昨年末から父が胃に穴が空いたとかで入院し、緊急手術後10日ほどで退院したものの食欲はおろか水も飲めない状態で衰弱し再入院となった。

    これはすぐ日本へ行かにゃと思ったが、兄との連絡でまあ大丈夫らしい、胆嚢が悪いとかで3月に摘出手術をするという話だった。まあどうせ3月には日本へ行くのだから、それまで無事でいてくれればと思っていた。父の入院中、母の手助けも必要だろうし。

    さて、日本に着いてみると、激痩せしていたはずの父は丸々と太っていた。こいつは人間か? サイボーグか?

    一日中座っているか寝ているのに働き盛りを軽く凌ぐ食欲と飲酒量も変わっていない。そして夕食時、私が食べるつもりだった餃子に手を伸ばしながら、「今はべつにどこも痛くも痒くもないから、医者に頼んで手術を延期してもらった」と宣う。できればせずに済ませる魂胆まで見え見えである。

    You は何しに日本へ?

    この機会にとばかりに喪服まで持って飛んできた娘は、落胆のあまり一日起き上がれなかった。

    ミッツィ

    子を産めなかったことで自己憐憫に浸っていて、ふと思い出した。日頃親しくつきあっている友達のうち、3組5人が子なしだ。オージーとフィリピーナのロブ&ジェヴィ、リバプール出身のミッツィ、そしてオージー夫妻のクリス&ジュリー。

    ミッツィは、40代後半のギリシャ系イギリス人。アイルランドの血も入っているので、小柄で黒髪だが肌が白く緑色の目をしている。ものすごく明晰で独立心が強くて、でもどこか破綻していて、魅力的な女性だ。エイズ予防専門の社会科学者で大学で教鞭をとる傍ら、南アフリカで実地活動をしたりの研究を続けている。

    リバプールの下町で移民でシングルマザーのお母さんに育てられた。ミッツィは実は30代まではウェイトレスだの事務員だの、どうでもいい生き方をしていた。ある日いきなりアホくさくなって、「私って頭いいんだしと思って」大学に入り、進路をガラッと変えたそうだ。

    今でも、政治や社会を酒の肴に、鋭い舌鋒の合間にスカウズ(リバプール訛り)のお下品なフレーズが飛び出す。私が男だったら惚れていたに違いないそんな彼女がなぜ独身なのか、訊きたいのは山々だが躊躇している。ただ、彼女が仕事帰りに何かの用事でちらっと寄った時なんかに「よかったらワインでもどう? ごはんも、ちょうど作ってたから食べていく?」と声をかけると、喜んで入ってきてくれる。飲みっぷりは私と負けず劣らず、やっぱりちょっとは寂しいのかなと思う。

    独立を何より尊ぶ彼女は、うちと同じ宅地の綺麗な中庭つきフラットを買って一人で住んでいる。時々友達が泊まりに来たりはしているが、誰とも一緒に暮らす気はないと言う。今は近くに住んでいるお母さんが唯一無二の親友で、休暇には一人で世界中の秘境を歩き回っている。学者とはいえフリーランスの立場は決して安定したものではなくて、仕事の狭間にはうちでワイングラスを傾けつつ心配顔を見せることもある。

    だけどエイズ関連での彼女の業績は、はっきり言って人類の幸せに大きく関わること。彼女と知り合えて心から喜んでいる人は私だけでなく、ずいぶん大勢いると思う。子供を産まない女性には生きる資格がないとどこかの政治家が言ったからって、ミッツィの価値が一ミリも減りはしない。‥‥私についても同じくとは言い難いのがツラいところだ。

    お姉ちゃんのまま老いる私

    夫が息子夫妻とスカイプで長話をしていると思ったら、ニコニコと頬を紅潮させて食卓についた。10月に、息子夫妻に赤ちゃんが生まれるのだ。

    10月は夫婦で日本へ行く予定だったが、予定変更して赤ちゃんの顔を見にカリフォルニアへ行こうかなと言う。よかったねと言いながら私は複雑な気持ちになる。夫はおじいちゃんになる。私はお姉ちゃんのまま。

    これから先、夫婦二人だけで年老いていくのだと思っていた。互いだけを頼りに、互いだけを思って。‥‥んなわけ、なかったじゃないか。夫には息子がいる。そして孫が生まれる。そうやって彼の命は繋がれていく。愛おしいものを遺していくのだ、この人は。この世に存在した意味も証拠も残らない私とは違う。

    やがて生まれた幼子を連れて息子夫妻が我が家に滞在する日も来るだろう。子供という生き物の取り扱い方を知らない私は、戸惑い呆れられ疲れるだろう。そんな先のことまで頭に浮かんで、食事中、私は黙り込んでしまった。

    夫にとってこれ以上ない喜ばしい報せを一緒に喜べない自分のケチさにも気が滅入る。仕方なく、夫に白状した。「あなたには、おめでとうって心から思うんだよ。でも私が嬉しいわけじゃないんだ。ごめんね」。

    夫の顔が曇るかと覚悟していたのだが、そんなことはなかった。「ああ、もちろんそれは分かるよ。僕だって、自分が浮かれてるわけじゃなくて、息子におめでとうって気持ちの方が強いよ」。

    夫は本当に優しい。お姉ちゃんのまま歳を重ねるしかない私の未熟さも痛みも、わからなくてもそのまま受け止めてくれる。同じ気持ちにはなれなくても、一緒に歩いてはいけそうだ。
    プロフィール

    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

    引用・転載は原則として歓迎ですが、事前にご一報ください。どのような論旨・目的での引用・転載か、把握しておきたく存じます。

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