英国の冬の夜、猫を抱いて思うこと

    まだ還暦には早いけど、大雑把にはそういう年代にさしかかっている私。閉経期でもある。還、経という字を見て思う。人生の中で、周るというテーマの季節なのかな。早い時期にしたことが巡りめぐって戻ってくる、意味をなしてくる。

    今年は、初恋の相手に出会ったエジンバラを最後の伴侶と共に訪れた。初めて働いた職場の先輩にニューヨークで、初婚相手の弟とカリフォルニアで再会した。20代に初めてフィリピンを訪れた時は貧困のマグニチュードにやられて頭がおかしくなりかけた私が、今回はベトナムで、“考えても仕方のないこと”を考えすぎず欧米人観光客向けの贅沢旅行を楽しんでしまう図太さを身につけていた。そして、幼い頃から取り憑かれていながら何十年も行き先を間違え続けて辿り着けなかった英国に、どうやら永住している。

    ベトナムで、クルーズ船の若いガイドが忙しい仕事の合間に「ねえ、シカ。どうやって英語を覚えたの」と聞いてきた。「そりゃ、たまたまだよ。運がよかったの」と答えながら、自分の若い頃、24時間働けるけど食っていくのがやっとの時代を思い出した。会社で招いた英米人の客に傅いて、通常勤務の他にホテル送迎から食事や観光の世話まで駆け回った。そこまで頑張る私に驚く客に「そうするよう指示されてますから」と答えた記憶が蘇る‥‥。ハノイの利発な彼女に、物も心も豊かな将来を本心から希った。

    自慢にならないけど、私は貧困を知らなくはないと自慢したくなる。

    ノルウェーでは「寒い、ひもじい、もう死にたい」を地で行く暮らしをした。スーパーにペットボトルを返すと1本20円とか戻ってくるので、日本語授業後の夜の大学構内や、日曜日の早朝バイト先の教会へ歩く道すがら、酔っ払いや学生たちが捨てたボトルを集めた。

    そもそも私の生育環境は武士は食わねど高楊枝な貧乏で、高学歴で先生と呼ばれる職業ながら呆れるほど薄給の親に、難民キャンプみたいな家で育てられた。

    だからお金がないということがどれだけ尊厳を傷つけるか、知らないわけではない。それがなぜか、裕福と言わないまでも不自由のない奥さまになってしまった。夫が出張で留守の冬の夜、猫まで抱いてBBCテレビの連続ドラマなんか観ている。

    そして趣味が悪かったのか男運がなかったのか、ひどい恋愛や結婚を経て、自分の子をもつ機会も逸した。それがどういうわけか、今頃になって継子ながら息子ができてしまった。大人になった彼は妻と職場を得て、子供を迎える準備も整ってきた様子だ。

    夫の両親は亡くなり、私の両親も老いて援助の必要な状況にいる。そう遠くない昔に子供だった存在、世話されてきた存在が、その子は成長し親は子供還りして、役割がぐるっと一巡りする。

    還暦というか、60年ぐらいで人生は始まり、すったもんだし、いびつな果実を結び、始点に戻ってくるのだ。これから私の子供時代がもう一度始まる。今度は幸せな子供時代にしようっと。

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    プロフィール

    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

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