味覚の進化と退化

    夫に「お昼に何食べた?」と訊いたら「ラザニア」という返事。挽き肉を解凍しかかっていた私は出鼻を挫かれた。ちぇっ、夕食はボロネーズにしようと思ってたのに。しょうがない、挽き肉を冷凍庫に突っ込み直して、鶏胸肉を出した。悩んだ末、タイ風マッサマンカレーみたいなものを作った。夫は「すごい! 美味しい!」を連発。そりゃまあ、アメリカ人が選ぶ世界一美味しい料理に輝いたそうだから、外国料理初心者に分かりやすい味には違いない。

    その“美味しいタイ料理”を食べながら、日本から戻って以来ウツなのはなんでか、という話になった。他にもいろいろあるけれど、大きな要因の一つは、物理的に往復することで「自分が日本とヨーロッパのどっちに属すのか、どっちにも属さないのか」普段より鋭く意識させられるからではないか、と。

    精神面では、日本では過去の亡霊が一絡げに襲ってきて格闘する。日本人とはまともな話ができない。ヨーロッパに帰ってくるとほっとする。脈絡から切り離された今の私をそのまま相手にしてくれる人々と、life, the universe and everything の話に戯れることができる。だけど物理面では‥‥「更年期になって、身体がすごい勢いで退化してる。日本の食べ物がしみじみ美味しい。ヨーロッパの食べ物に食指が動かなくなってきた。好きだったのに。つい10年、5年前には。今では、フランス料理もイギリス料理もイタリア料理もインド料理も作るけど、自分で食べたいと思うのは日本料理か、せいぜいベトナム・タイ料理」。

    夫は私が目先を変えようといろいろ作る料理が好きなので、作っている本人が食べたいと思っていないと聞いて心配顔になるが、かといって彼が作れるわけでもないので、その話はそのへんで終わりになる。

    高度成長後期の日本は飽食の時代なんて言われていたけど、私に実感はなかった。私が育った1960〜70年代には、戦後の食糧難は終わっていたが、食べ物はまだまだ質より量だった。うちでは、男二人はどうだったか知らないが女二人にとっては量さえ怪しかった。そのレベルの貧乏は、普通じゃないまでも、珍しくはなかった気がする。

    その頃、社会科だったか家庭科だったか、世界の地域別の栄養素摂取量を習った。日本を含むアジア諸国では炭水化物の摂取量が圧倒的に多く、アメリカと欧州では蛋白質の摂取量が突出していた。中でも、北欧諸国で乳製品の消費が大きいのが私の興味を惹いた。

    チーズ、牛乳、クリーム、バター。ついでに卵。私にとって大好物で、欲しいだけ食べることが決して叶えられない夢だった。子供の分まで平気で食べ尽くす父のおかげで栄養失調による小児結核に罹っていた私に「バターを食べさせなさい」と医者は言ったそうだ。でもバターは高かったので、母はネオソフトというマーガリンを買っていた。もう大人になっていた1980年代前半にも、量はともかくたいした物を食べていた記憶はない。

    さもしいったらない。成人後渡欧して、炭水化物から蛋白質・脂質中心の食餌スタイルに移行した私は有頂天だった。不味さで大評判のイギリス料理さえ、肉類と脂と砂糖の多さで私には大満足のご馳走だった。キドニー&ステークパイ、ソーセージロール、ローストビーフ、サンドイッチ、カリフラワーチーズ。アップルクランブルにカスタード。下宿で供される餌を感涙にむせんで食べた。

    その後、スイスを始めとする欧州各地を移り住んで、食事に不満はなかった。空気抵抗とストレスの関係で体重は増えなかったが、体型は変わった。日本にいた時はベニヤ板状だったのが、円筒形に変わったのである。

    若かった私は(遠い目)、日本からの観光客や駐在さんが長くもない滞在期間中にも日本食を恋しがるのを見てはちょっとバカにしていた。「それぞれの土地の食べ物は、その風土に敵っているからこそ美味しいのに。ヨーロッパの乾いた涼しい気候で味噌汁食べたってそんなに美味しくない。チーズの味が分からないなんて気の毒な」と思っていた。

    白状すると今でも、ヨーロッパへのたかが10日間のツアーの往復の飛行機で味噌汁を所望する日本人の気持ちは分からない。だけど、それが異常じゃないことも知っている。うちを訪れるスペイン人のお口に合う食事を提供することが、いかに難儀か。スパイスはダメ、生魚ダメ、手の込んだソースもダメ、あれダメこれダメ、オリーブ油は唐揚げにもかけるので死ぬ覚悟で用意して。要するに、スペインのお袋の味を、スペイン人じゃないばかりかそのお袋に会ったこともない私が再現しなければならないのだから。日本人もまあ、そのクチだ。

    私の日本食回帰は、それとは質の違う問題だと思う。もしかしたら、“地元”を離れたことのない味覚は終生幼児のままで、進化しないぶん退化もしようがないのかもしれない。私のような放浪者の場合、地元からはとてつもなく離れた青年期・成年期の後で、疲れによる退化が起こって、けっきょく“地元”へ戻る。困るのは、その地元の味が、居住地ではなかなか手に入らないことだ。

    これから20年先。日本の年金を払ってないし、その頃には日本の親兄弟も知人もいなくなるし、日本に帰るあてはない。おばあさんになった私が、もしかしたら夫にも先立たれて、ヨーロッパのどっかの国の老人ホームに入るとする。頭も鈍って、今では日本語より先に出る英語もその頃には億劫になっているかもしれない。介護士が運んできてくれる肉やバターやクリームの食事より、お蕎麦が食べたくなるかもしれない。

    そんなことまで頭に浮かんでしまうのが、日本旅行の後遺症だ。

    テーマ : 国際結婚
    ジャンル : 結婚・家庭生活

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    プロフィール

    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

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