死が旅立ちなら、旅立ちは死か

    ノルウェー、トロンハイムのカトリック教会では、司祭の一人がフィリピン人だった。その人が来てすぐ、超教派の集まりでの挨拶の言葉:「ノルウェー赴任は、わくわくすると同時に、とても悲しかったのです。生まれ育った土地、慣れ親しんだすべて。別れに涙する友達や家族。飛行機に乗るとき、なんだか小さな死のような感じがしました」。

    当時はインターネット台頭期、メールもスカイプもまだ普及していなかった。海外渡航ということが、今よりずっと劇的な別れを意味した。私も、会いに来てくれた母をオスロの空港で見送る時、悲しくて悲しくて、帰ってしまうぐらいなら来てくれなくていいと思った。私が里帰りの後ノルウェーに帰るたび、母も同じ思いをしていた。インターネットがある今でも、本質的には同じ別れがあると思う。

    本当の死が旅立ちなのか無なのか私には分からないけれど、往く人と送る人の気持ちは、空港の“ここから先は搭乗者のみ”と書かれたバリアの両側に立つ気持ちに似ていると思う。外国に住むと、この小さな死を繰り返し恒常的に経験することになる。その経験が“外国人”を生業とする私たちの人格にどんな影響を及ぼしているのか‥‥怖くて開けられないパンドラの匣なり。

    因みに:
    私の知る限り、宣教師という商売はプロテスタント教会では1970年代から激減し、聖職者のほとんどが現地人になった。少なくとも日本では。しかしカトリックでは健在のようで、特に日本のような非キリスト教国や、北欧のようにプロテスタントが国教でカトリックが少数派の国では、今でもカトリック聖職者といえば外国人だったりする。ノルウェーではカトリック信者の大多数がベトナム系ノルウェー人と出稼ぎフィリピン人で、タガログ語を話すフィリピン人司祭が来る必然があった。

    テーマ : ヨーロッパ
    ジャンル : 海外情報

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    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

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