困った旅

    隣人のモイセス(アンゴラ系スペインの彼)と奥さん(なぜかアラブ系のおばさん‥どうや夫の息子の嫁さんが年取って太ったバージョン)と一緒に旅行中だった私たち夫婦。ある午後ビーチかからホテルに戻ると、夫が全員に「トラックスーツ着て」と命じた。言われた通りにして手ぶらで出かけた。途中で、なんと帰国の途についていると分かった。

    空港に着きエスカレーターを昇りながら、アラブ系奥さんがすれ違う人々に声をかけ慰めている。肩を落とした人、泣いている人。奥さんは深い情愛のこもった声で一緒に涙を流している。「どうしてそんなことしてるの」と問う私に奥さんは、「この世の中は涙でいっぱいだから」。私が「私にはできないわ。愛がないから」と言うと、奥さんは“愛がない”なんてことがあり得るのかという顔をした。私は歌いはじめた。"There is such a thing called the seed of love, If you eat it you will have love in you; If you don't eat it you will have no love in you at all..." そういう歌があるのかどうか知らないが私、もっともらしく歌っていた。

    出国エリアで、モイセスと奥さんはパスポートの列の“準備済み”と表示された方に並んだ。その時私は自分が手ぶらで、パスポートも航空券もあるわけないと気づいた。夫は? どっかではぐれたらしい。だいたい「トラックスーツ着ろ」と言って、手ぶらなのを見咎めもせずここまで連れてきたのは夫なのだ。あの野郎‥‥とうろたえる私の手首を誰かがわしっと掴んだ。

    婦人警官だ。「ランダムチェックです。来なさい」。そしてぐいぐい手を引っ張り、連行しようとする。犯罪者みたいにしょっ引かれて、周りの視線を浴びながら抵抗する私。一悶着の末小部屋に押し込まれ、尋問が始まった。警官が私の胸ぐらを掴んだような格好で、彼女が装着している録音機のマイクにかぶりつくように話せと言う。

    警官:いつからイギリスに居るのか。
    シカ:最初に来たのは 1982年です。フライトに遅れるんですけど。
    警官:そうじゃなくていつから住んでるのかって訊いてるのよ! どういう資格でここに居るの!
    シカ:私は日本人で、夫がEU市民の家族を伴う権利を行使してるんですったら。もう行かなきゃ。このマイク離してくださいよ。
    警官:もっと近づいて! で、生計能力は?
    シカ:私は働いてませんが、東南ロンドンに3寝室の一軒家を所有してます。夫は鉄鋼トレーダーで他の仕事もしてます。
    警官:‥‥
    シカ:だいたいですね、何ですかあなたは。いきなり人を犯罪者みたいに辱めて無茶苦茶じゃないですか!トイレ行きたいんで。

    私は許可を待たずさっさとトイレに向かい、その後は取り調べ室は無視して出国エリアに戻った。そりゃ、空港でトラックスーツに手ぶら、スッピンの東洋人、怪しいわ。夫はどこやー! 私はやけくそに大声で夫の名前を連呼しはじめた。するとエリアの向こう側で夫らしき男の声がしている。じゃあ中入らないと。でもパスポートないし。案内デスクがあったので直訴することにした。

    シカ:ここで夫を待ってたらあの警官につかまったんです。フライトは行っちゃうし、夫はバリアの中にいるんですけど。
    案内の人:事情は聞いてますよ。

    どうも夫がバリアの向こうで私を探しているらしい。間もなく姿を現した。案の定、私のパスポートを持っている。

    シカ:それ、寄越せよ! あたしゃだいたい、自分の物は自分で持ちたいの! 

    そう怒鳴った時、夫に揺り起こされた。

    夫:悪夢見て怒鳴ってたよ。

    そりゃあんたのせいだ!!!

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    プロフィール

    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

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