絶頂の息子と、継母の心配事

    最近博士号をとったばかりで就職活動中の息子が、ケンブリッジ大のポスドク面接を受けに来た。ロンドンのパパの家に二晩泊まり、ケンブリッジまでパパに車で送迎してもらって、「(研究所の設備や人々が)すごい感じいい!」と意気揚々。

    彼は先々週までアメリカに行っていて、ボストンのMITとカリフォルニアのバークレーも訪問してきた。パパによれば、この3校からオファーを受けていてどれに決めるかは彼次第という話だった。

    息子の研究所訪問は朝10時から午後5時までかかり、パパと継母はその間まる一日ケンブリッジで潰して、夕方迎えに行った。息子を車に乗せ帰路話を聞いていると、実際にはまだどこからも“オファー”は受けていないと分かった。バークレーで受けたのは「君が来るなら研究室はここだよ、大歓迎だよ」ぐらいの茶飲み話で、正式の面接でも給与や条件詳細を明示したオファーでもない。ケンブリッジではもう少し具体的で、「本来なら君からの正式な求職を受けてから面接、そのあとこちらからオファーだから順序が逆だけど、今回は早急に求職してくれればその時点で今日の面接を有効にして、折り返しオファーを送る」と言われたらしい。

    この子は素直で優等生だが、経済環境にも素質にも恵まれて生まれ育ち、今まですべてが順風満帆で、自尊心を挫かれたことが一度もなく逆境を知らない。物理学の専門素養は十二分にあっても世間的にはかなり無知だ。文系の教養も皆無に近い。履歴書の書き方も継母が書式からフォントから表現に至るまで添削した。英語はCambridge Advanced(First CertificateとProficiencyの中間レベル)程度で“流暢”と憚らない。日本に1年留学したのにろくに喋れない日本語で日本語能力検定試験の2級に受かるつもりだったり、笑えるほどめでたい万能感を持っている。

    しかしパパはこの息子が可愛くて可愛くてたまらない。他のあらゆる面では冷静で明晰な人だが、こと息子の話になると可愛さに目がくらんで判断力を失う。10代で母親と死別したことへの不憫さが甘さに輪をかけ、自分の息子は天才科学者だと信じている。いや、実際天才なのかもしれないが、若くしてポスドクという“天才”に何人も出会っている私には、息子がそれほど特別な存在とは思えない。

    要するにただの意地悪な継母なのさ、私は。

    なぜこうも意地悪くなるかというと、それは今、私の夫にして息子のパパであるディディエが、もしかしたら癌と言われ検査中だからだ。妻の私はこれまでにも、これからも、まさに病めるときも健やかなるときも夫に寄り添っている。夫は、私には怖がっている顔も見せるし病院にも付き添ってと言うが、息子には心配させたくないからと何も言わない。そして何も知らない息子は、到着した瞬間から出発の瞬間まで自分の話でもちきりだった。

    当たり前だ、子供への愛は一方的、夫婦の愛は相互的なもので、本質から違う。息子以上に信頼され頼られていることは妻の特権ですらある。それでもなんだかイガイガと、割に合わない感じがして、心地が悪くなるのは私がドケチだから‥‥。

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    MKさん、鍵つきコメントへの返事ここでさせていただきます。

    息子は一応学位論文の前に掲載された記事があり、研究内容は問題ないようです。確かに西洋人はハッタリばっかりの人も多いのは事実ですが‥‥。

    日本ではダメ出しで人を育てる考え方が根強くて、たゆまぬ努力はいいのですが、いくら頑張っても欠点ばかり指摘されてやる気なくす場合も多いかと思います。今時の西洋の褒めて育てる方式も、根拠なき自信ばかり助長する傾向があり、どちらも一長一短ですね。

    昔、川端康成がノーベル賞受賞スピーチで会場にいた妻子を「愚妻と豚息」と表現したのを、おバカ通訳が“silly wife and piggy son”と直訳してブーイングを買ったという話があります。日本語の身内謙遜表現の裏にある、“身内”は“身の内”、つまり自分自身と切り離せないほど近しい存在という感覚を説明しないと誤解されちゃいますよね。逆に、妻子を褒めまくる西洋人は家族であっても我汝の関係であり、個々が離れているからこそ客体として褒めることができるのかと思います。
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    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

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