老人の食事量と、日本難民

    ヒースロー〜羽田の直行便で羽田から1時間ちょっとで親の家に着いたのだから、かなり楽な旅のはずだった。日本に着いて二晩寝た、というか過ごした。時差ぼけはする時としない時があって、ルート、西行きか東行きか、到着時間が午前か午後かなどによってある程度予測はできるものの、予測通りとも限らない。今回はけっこう派手にボケている。

    着いてから、喋って食べて飲んで寝る以外のことはまだ何もしていない。親は思ったよりかなり元気そうだ。母は動作こそ鈍っているが機嫌がよく、ここ数年お目にかからなかったほど頭の調子がよい様子で、昔ながらの辛辣な冗談を連発している。父は、遺伝的に異様に若々しい人で、生物学的に年をとらない。80歳で肥満体なのでそれなりにいろいろ薬を飲んでいるが、ぱっと見て、喋って、とてもその年齢の印象は与えない。私もどちらかというと父の遺伝で、50歳を過ぎた今も体つきや雰囲気にオバサンの威厳がまったくないとよく酷評される。顕微鏡で見れば白髪も皺もたるみもちゃんと育っているのだが。

    母と熾烈な喧嘩を重ね、通らざるを得ない決別の時を過ごしたのが5〜10年前のことだった。あれ以来お互いに、酷い娘、困った母という構えがあって、親を訪ねるのが年々気が重くなっていた。今回は、やっと"new normal"が定着してきた感じがする。長過ぎた(心理的)母子密着の後、流血の別れ、許せない気持ちを経て、やっと大人の娘と老いた母として互いへの自然な情愛がでてきた。

    老夫婦の生活サイクルに合わせ妙に早い食事時間にお相伴をする。見ていると、なんだか一日中食事の準備をして食べている割には、食べる量がとても少ない。母はもうあまり料理をしないらしい。そりゃ当然だ。81歳だもの。私が来ているからと、スーパーでお刺身を買って来てくれて、あとはわずかな野菜や冷凍のおにぎり、漬け物などを並べている。私は日本に来ている間は何より魚が食べたいので、ぜんぜん不満ではない。ただ、年をとると人間あまり食べなくなるものなんだなぁと観察している。私はもう年だなどとしきりに自嘲していても、本当の高齢者に比べればまだまだバクバク食べる年齢なのだとも、急に自覚。親が寝静まった頃に小腹が空いて、カップ麺を食べている。

    今日は、心を入れ替えて、朝から身支度をして銀行や美容院に行くつもりだ。こんなのんびりした“帰省”は何年ぶりだろう。来る前に親に送ったメールで、「5月に日本へ行きますが最初の1週間お宅にお邪魔してよいですか」と書いたのだが、それへの返事で親は「親のうちに来るのにお邪魔はないでしょう。のうのうと“帰って”きてください」と書いてきた。私の気持ちでは、親の家へ“帰る”という感覚はとっくになくなっている。帰る家とは夫のいる自分の家だから。日本へも、“行く”のであって“帰る”のではない。でも親にとっては、それを明言されるとなんだか心地が悪いのかなと考えさせられた。

    母と政治談義をしていて、昨今の日本のあまりに怪しい雲行きを知った。近い将来、日本という国は破綻する。そして難民を産出する国になるかもしれない。そうなる前から日本を出て、他の国で移民としての居場所を確保した私は幸運なのかもしれない。自らの意志や選択によらず言葉も気候も風習も違う国へ逃れざるを得ない難民という状況は、とてもつらいにちがいない。ことに高齢者にとっては、一生暮らした日本に急にもう住めなくなるなんて、可哀想のひと言に尽きる。そんな日が、わりとすぐ来る気がする。

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    No title

    シカさま、お帰りなさい、と言ってよいのでしょうか?同じ国の空の下にいらっしゃるかと思うと、なんだか嬉しいのです。
    現在の日本の奇妙な歪みを感じながらも、シカさまが1か月間、良い休日を過ごされますように!

    そういえば、小松左京の「日本沈没」のラストは、衝撃的でしたね。島国で育った単一民族国家の日本人が国を失い、難民となった時、どんな過酷な人生が待っているのか。それは国土が海に沈むこと以上の「現実味」を帯びた世界でした。
    日本という国が内側から壊れていくのも、同じように恐ろしい「現実」ですが。

    Re: No title

    “お帰りなさい”という優しいおことば、ありがとうございます。成田空港の到着ゲートに英語の“Welcome to Japan”という表示の横に日本語で“お帰りなさい”とあるのを見て、ホロリとした在外邦人は数しれないことでしょう。

    小松左京の本は私がまだ子供だった頃一世を風靡していたのを覚えています。さっそく探して読んでみます。この国の行く末にそんな危機感をもつ日本人が、あの当時からいたのですよね‥‥。単一民族の脆さは、ロンドンのような地球都市に住んでいる者には分かりすぎるほど分かります。

    悲しいのは、天災よりも人の愚かさが、mikaidouさまのおっしゃる通り“内側から”この美しい国を滅ぼそうとしていることです。次の大地震と人の起こす戦争と、どちらが先とも言えない現状ですが。

    ところで、私の老母が浅田真央さん好きと初めて知って私も喜んでいるところです。私と同じくスポーツ音痴の母ですが、数年前から「あの子だけが見たくて」フィギュアスケートを見ているそうです。彼女の愛らしさと品性、演技という枠でありながら演技でなく生き方そのものがにじみ出る滑り、すべてが希有‥‥mikaidouさまと同じ“希有”という言葉で、老母も真央さんを語っています。
    プロフィール

    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

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