遠藤周作

    遠藤周作のことが久しぶりに頭にあって、ちょこちょこ調べたり読んだりしている。思春期に耽読したので大筋知ってはいる。彼の滞欧期間は長くはなかったが、時代背景を考えると「えらい遠くへ来てしまった」悲壮感は猫も杓子も留学できる今とは比較にならなかったはずだ。

    父がアメリカに居た1960年代。父の渡米時生後間もなかった私にとって、父とはオープンリールに吹き込まれた『ああ無情』の朗読の声だった。「ジャン・バルジャンは‥‥」と読み上げる気取った声を今も覚えている。父は2年後帰国したのだが、父という実体を知らなかった2歳児にはテープの声と現物を関係づけることができなくて、なつくのにすごく時間がかかった。

    1970年代、母の留学中にも国際電話はまだおおごとで、事前に手紙で何月何日の何時頃電話するから心して待てなどと申し合わせ、オペレータを通してコレクトコールをかけてきていた。半年間に電話で話したのは2回ぐらいだった。

    遠藤周作があれほど痛烈にヨーロッパで日本人キリスト教徒である自分を意識したのは、あの時代の留学という圧倒的孤独に促されてのことだったろう。

    遠藤はグレアム・グリーンに絶賛されたほど欧州でも評価されているが、広く知られてはいない。ノルウェー時代、懇意にしていたイギリス人女性牧師に、日本のキリスト教について分かる本はないかと問われ、遠藤を薦めた。読んでみた彼女はピンとこないと言っていた。その人はある時、私が日本語で歌う讃美歌に違和感を表した。この歌は私にとっても生まれ育った土壌そのもので、白いキリスト教だけが「本物」ではない、黄色いキリスト教だって黒いキリスト教だってあるのだと説明したが、「そうねえ」と言うだけで実感はできないようだった。

    日本という環境で「身に合わない洋服」を着ていた遠藤の気持ちは私にはかなり分かる。私も故郷のはずの国で、八百万の神や他人様に流される脳天気な従順さをもつ同胞の、あの子は耶蘇だから真面目だから変だからという目に晒されていた。だからこそ、その耶蘇について「本国」の人間よりはるかに意識的に考えて育った。自称無宗教の日本人がキリスト教式チャペルで結婚式を挙げて感激できる精神構造(神仏混淆)についても、身近な他人事として、当人たちよりずっと深く観察していた。

    ヨーロッパに渡ったのは、魂の帰郷を求めたからでもある。優劣の問題ではない。日本での私は、周囲と価値観の根底が違いすぎてにっちもさっちも行かなくなっていた。そしてヨーロッパ人とは、たしかに波長が近い。ただし、顔が違いすぎる。私は似非ヨーロッパ人、植民地から「本国」の教育を受けに来た土人の子だ。けっきょくここでも私はあの子は非白人だから真面目だから日本人だから変だからということになる。

    ヨーロッパがキリスト教の本場だなんて土台おかしいのではある。教会学校で宣教師が使っていた紙芝居には金髪で青い目のイエスやマリアが描かれていたが、ある年齢以降、ヘンタイよい子の私でさえ「嘘八百もいい加減にしろ」と思っていた。あれは中東発祥の宗教だ。聖書に描かれている風土は地中海沿岸のパレスチナやエジプトであり、ナツメやイチジク、埃っぽい熱気、魚も住めない塩の湖の世界だ。イエスがノートルダム寺院を見たら何だこれはと言うだろう。

    しかし現実が成り行き上こうなってしまっているので、致し方ない。成り行きだ、成り行き。遠藤は日本に帰って自分との折り合いをつけるべく本をたくさん書いたのだし、私はヨーロッパに残って「本国」の風習に従うよい土人の子として生きて行く。ヨーロッパの偽善を正そうとか日本文化を主張しようとか、今さらそんな気力はない。そこだけは私もりっぱに、遠藤の言う「黄色く濁ったふかい疲労感」を抱えた日本人でもあるのだ。

    テーマ : 海外にて日本を考える
    ジャンル : 海外情報

    コメントの投稿

    非公開コメント

    プロフィール

    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

    引用・転載は原則として歓迎ですが、事前にご一報ください。どのような論旨・目的での引用・転載か、把握しておきたく存じます。

    最新記事
    最新コメント
    カレンダー
    プルダウン 降順 昇順 年別

    09月 | 2017年10月 | 11月
    1 2 3 4 5 6 7
    8 9 10 11 12 13 14
    15 16 17 18 19 20 21
    22 23 24 25 26 27 28
    29 30 31 - - - -


    カテゴリ
    メールフォーム

    名前:
    メール:
    件名:
    本文:

    リンク
    フリーエリア
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR