いただく・くださる

    発言小町は怖い世界なので、低姿勢を心がけて書き始める人が多い。

    1「トピを開いていただきありがとうございます」
    2「トピを開いてくださりありがとうございます」

    このふたつ、ニュアンスが違う。
    1:トピを開いていただいた→私がいただいた→隠された主体は書き手自身。
    2:トピを開いてくださった→あなたが開いてくれた→言外の主体は読み手。

    何かを賜るのは、与え手の判断であり特権であり、もらう側は受け身でしかあり得ない。こうしてくれて嬉しい、という反応はあり得るが、感謝の対象はあなたの行為であって私の反応ではない。1は、正しいようでいてズレているのだ。

    日本語では、丁寧を装った自己中心な物言いが増えている。敬意の対象を履き違えたのか、漠然と払っていれば対象が何だろうと構わないのか。「あげる(私からあなたへ、上方向)、くれる(あなたから私へ、下方向)」という概念が死にかけている。give/take だけのことなら、不自然なへりくだりはいらない。なのに敬語・謙譲語の形骸だけ残そうとするから、「いただきありがとう」のようなことになるのかもしれない。

    主体が曖昧といえば、ここ10年ほどの間に定着してしまった『(あの店で)納豆が売っている』の“が”。納豆が自分自身を売っているのか? 納豆“が”店によって“売られ”ているのか、店“が”納豆を“売って”いるのかのどちらかだろう。

    言葉は時代とともに変化していくものにしても、頭の悪い方向にばかり変化していくのは見ていて情けない。

    テーマ : ことば
    ジャンル : 学問・文化・芸術

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    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

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