Full circle - エジンバラ

    31年ぶりに、エジンバラを訪れた。

    エジンバラは、1985年の7月、私が語学留学生としてヨーロッパでのおぼつかない第一歩を踏み出した街。成田からモスクワ乗り換えでヒースロー、地下鉄でキングスクロス駅、そして夜行列車で一晩かけて辿りついたエジンバラは、変な匂いと音と色に包まれていた。ダミ声で鳴き続けるオス猫のようなバグパイプと、やっぱりオス猫のオシッコ的なピートの匂い。肌寒い7月の空を背景に、真っ黒に煤けた石造りの建物が聳える。スーツケースを引きずって寮への坂を登る私には、なんだこれはと思う気力も残っていなかった。

    Mylnes Court

    これがその寮。エジンバラ城のまっ隣にある古い古い建物で、普段はエジンバラ大学の寮だ。あの頃の英国語学留学といえば、長期の場合ホームステイ(というか下宿)だがサマーコースは観光や遊びを兼ねた企画で、ちょうど休み期間で空いている大学寮を借り切って合宿の楽しみも提供していた。寮にいたのは、ヨーロッパと中東から英語の練習に来る高校生〜大学生ぐらいの若者たちと、世界各国で教えていて夏だけ帰省と息抜きを兼ねて短期バイトに来る英国人教師たち。日本人の語学留学ブームはまだ始まる直前で、私はけっこう珍しい存在だった。

    ほとんど喋れなかった私は最初のクラス分けで中下級に入れられた。クラスメイトは中東人、スペイン人、イタリア人で、何も理解していないし言う内容もないのに大声で存在を主張していた。担任は年配のスコットランド紳士イアンで、最初の金曜日のレッスン後に私を階段でつかまえ、パブに誘ってくれた。彼は私を寮から Royal Mile(城と宮殿を結ぶ表参道)を跨いで階段を降りた所にある、昔は処刑場だった広場に連れて行った。Grassmarket。何軒ものパブにぐるっと囲まれている。

    Grassmarket.jpg

    その晩、イアンが同時に受け持っていた中上級の学生たち(ドイツ人、オランダ人、北欧人)は好奇心からいろいろ話しかけてくれた。自信のない私は、紙ナプキンやコースターに走り書きで受け答え。イアンはそのコースターをつまみ上げて音読し、「きみは話の内容をよく解っているし、難しいアイディアも表現できる。書いたことを声に出して言ってごらん。ここにいるみんなより上手なんだから」と微笑んだ。「月曜日から、中上級に来なさい」。

    中上級には、一人だけスペイン人が混じっていた。スペイン人にしちゃ高度な英語を話す彼は生物学者で、秋からアメリカでポスドクをするので英語に磨きをかけに来ていたのだ。優しくてハンサムで頭のいいマヌエルに私は一目惚れした。少し年上の彼は、英会話ばかりか社交も拙い私を妹のように構ってくれたが、異性としては興味ゼロのようだった。マヌエルのルームメイトはスイス人のアランで、ある晩マヌエルと一緒にRoyal Mileのパブをはしごでイアンにウィスキー指南を受けていた時に紹介された。

    Royal Mile

    ちなみに私は、他人と一緒の部屋で寝起きする図太さがなかったので、差額を払って一人部屋にいた。慣れない夜遊びで疲れて寝坊した翌朝、ベッドのあるロフト部分から勉強部屋に転げ落ちた。シャワーを浴びようと廊下へ出ようとしたら、ドアの下に手紙が押し込まれていた。うにゃ? なんかの苦情? ドアを開けると、薔薇の花束。花屋の綺麗な花束じゃなくて、いかにもどっかの庭から失敬してきたのを輪ゴムでとめたやつ。

    こうして私の初恋は始まったのだった。ヴァイオリン、お願いします。三味線じゃないってば。

    (続く)

    テーマ : イギリス
    ジャンル : 海外情報

    プロフィール

    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

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