ミッツィの、口から出まかせ

    しばらく前、いつもの仲間と連れ立って近場のエリトリア料理屋に行った。エリトリアって何処? エチオピアの隣国というか、エチオピアに小突き回され併合と独立を経てきた小国。私も知らなかった。

    レストランというより小さな大衆食堂といった店構えで、どうやら昼間だけ雇われているウェイトレス一人以外は、エリトリア出身のおっかさんが一人で切り盛りしている。“いつもの仲間”の一人であるオージーのジュリーがブログで紹介したのが元でインターネット上で評判になり、どういうわけか某口コミサイトで“ロンドンで一番美味しいレストラン”に選ばれてしまったこともあるらしい。

    さて、見かけによらず大繁盛のこの店、料理はいいがワインが高くて不味い。それを知っていたミッツィは予約の際、ワインを持ち込んでいいかと尋ねた。それは無理と答える昼間の人(前述)に捻じ込んで、「友達の誕生会なのよ、お願い」と口から出まかせ。じゃあ仕方ない、今回だけですよと許してもらった。

    当日。賑やかにご飯を食べ、さてコーヒーを頼もうかと言っていると、ジャジャーン。蝋燭ゆらめくケーキが出現したではないか。そしてエリトリアおっかさん:どなたのお誕生日かしら?

    ミッツィは咄嗟に、ディディエを指差した。その日集っていた面々の中で、1歳余計に年取らせて一番差し障りがなさそうな人ということで。

    そんなわけで、夫は早くも61歳になってしまった。年齢差、広がる一方。

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    共食い

    今夜のメニューは、シカ肉の赤ワイン煮と、じゃがいものピューレ、人参と絹さや、チーズとパン。夫がなんか元気が出るものが食べたいと言ったので、赤肉かなと考えてのことだ。

    遠縁のシカさんには香草入りワインで酔っ払ってもらった上で、黒スグリや木の子、大蒜、玉葱などと混浴で長風呂に入っていただいた。しかし私としては「バンビのお父さんだった?」とかそういうことが気になって、ワシワシとは食べられなかった。夫が平らげてくれたので、シカ肉の神様に恨まれることはなさそうだ。

    テーマ : イギリス食生活
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    味覚の進化と退化

    夫に「お昼に何食べた?」と訊いたら「ラザニア」という返事。挽き肉を解凍しかかっていた私は出鼻を挫かれた。ちぇっ、夕食はボロネーズにしようと思ってたのに。しょうがない、挽き肉を冷凍庫に突っ込み直して、鶏胸肉を出した。悩んだ末、タイ風マッサマンカレーみたいなものを作った。夫は「すごい! 美味しい!」を連発。そりゃまあ、アメリカ人が選ぶ世界一美味しい料理に輝いたそうだから、外国料理初心者に分かりやすい味には違いない。

    その“美味しいタイ料理”を食べながら、日本から戻って以来ウツなのはなんでか、という話になった。他にもいろいろあるけれど、大きな要因の一つは、物理的に往復することで「自分が日本とヨーロッパのどっちに属すのか、どっちにも属さないのか」普段より鋭く意識させられるからではないか、と。

    精神面では、日本では過去の亡霊が一絡げに襲ってきて格闘する。日本人とはまともな話ができない。ヨーロッパに帰ってくるとほっとする。脈絡から切り離された今の私をそのまま相手にしてくれる人々と、life, the universe and everything の話に戯れることができる。だけど物理面では‥‥「更年期になって、身体がすごい勢いで退化してる。日本の食べ物がしみじみ美味しい。ヨーロッパの食べ物に食指が動かなくなってきた。好きだったのに。つい10年、5年前には。今では、フランス料理もイギリス料理もイタリア料理もインド料理も作るけど、自分で食べたいと思うのは日本料理か、せいぜいベトナム・タイ料理」。

    夫は私が目先を変えようといろいろ作る料理が好きなので、作っている本人が食べたいと思っていないと聞いて心配顔になるが、かといって彼が作れるわけでもないので、その話はそのへんで終わりになる。

    高度成長後期の日本は飽食の時代なんて言われていたけど、私に実感はなかった。私が育った1960〜70年代には、戦後の食糧難は終わっていたが、食べ物はまだまだ質より量だった。うちでは、男二人はどうだったか知らないが女二人にとっては量さえ怪しかった。そのレベルの貧乏は、普通じゃないまでも、珍しくはなかった気がする。

    その頃、社会科だったか家庭科だったか、世界の地域別の栄養素摂取量を習った。日本を含むアジア諸国では炭水化物の摂取量が圧倒的に多く、アメリカと欧州では蛋白質の摂取量が突出していた。中でも、北欧諸国で乳製品の消費が大きいのが私の興味を惹いた。

    チーズ、牛乳、クリーム、バター。ついでに卵。私にとって大好物で、欲しいだけ食べることが決して叶えられない夢だった。子供の分まで平気で食べ尽くす父のおかげで栄養失調による小児結核に罹っていた私に「バターを食べさせなさい」と医者は言ったそうだ。でもバターは高かったので、母はネオソフトというマーガリンを買っていた。もう大人になっていた1980年代前半にも、量はともかくたいした物を食べていた記憶はない。

    さもしいったらない。成人後渡欧して、炭水化物から蛋白質・脂質中心の食餌スタイルに移行した私は有頂天だった。不味さで大評判のイギリス料理さえ、肉類と脂と砂糖の多さで私には大満足のご馳走だった。キドニー&ステークパイ、ソーセージロール、ローストビーフ、サンドイッチ、カリフラワーチーズ。アップルクランブルにカスタード。下宿で供される餌を感涙にむせんで食べた。

    その後、スイスを始めとする欧州各地を移り住んで、食事に不満はなかった。空気抵抗とストレスの関係で体重は増えなかったが、体型は変わった。日本にいた時はベニヤ板状だったのが、円筒形に変わったのである。

    若かった私は(遠い目)、日本からの観光客や駐在さんが長くもない滞在期間中にも日本食を恋しがるのを見てはちょっとバカにしていた。「それぞれの土地の食べ物は、その風土に敵っているからこそ美味しいのに。ヨーロッパの乾いた涼しい気候で味噌汁食べたってそんなに美味しくない。チーズの味が分からないなんて気の毒な」と思っていた。

    白状すると今でも、ヨーロッパへのたかが10日間のツアーの往復の飛行機で味噌汁を所望する日本人の気持ちは分からない。だけど、それが異常じゃないことも知っている。うちを訪れるスペイン人のお口に合う食事を提供することが、いかに難儀か。スパイスはダメ、生魚ダメ、手の込んだソースもダメ、あれダメこれダメ、オリーブ油は唐揚げにもかけるので死ぬ覚悟で用意して。要するに、スペインのお袋の味を、スペイン人じゃないばかりかそのお袋に会ったこともない私が再現しなければならないのだから。日本人もまあ、そのクチだ。

    私の日本食回帰は、それとは質の違う問題だと思う。もしかしたら、“地元”を離れたことのない味覚は終生幼児のままで、進化しないぶん退化もしようがないのかもしれない。私のような放浪者の場合、地元からはとてつもなく離れた青年期・成年期の後で、疲れによる退化が起こって、けっきょく“地元”へ戻る。困るのは、その地元の味が、居住地ではなかなか手に入らないことだ。

    これから20年先。日本の年金を払ってないし、その頃には日本の親兄弟も知人もいなくなるし、日本に帰るあてはない。おばあさんになった私が、もしかしたら夫にも先立たれて、ヨーロッパのどっかの国の老人ホームに入るとする。頭も鈍って、今では日本語より先に出る英語もその頃には億劫になっているかもしれない。介護士が運んできてくれる肉やバターやクリームの食事より、お蕎麦が食べたくなるかもしれない。

    そんなことまで頭に浮かんでしまうのが、日本旅行の後遺症だ。

    テーマ : 国際結婚
    ジャンル : 結婚・家庭生活

    書く気がしない

    日本から戻って以来、病気でもなんでもないんだけど、気が乗らなくて更新してない。乗っているときは書くことなんてないと思っても書き始めるとボロボロ出てくるんだが、ダメなときはホントにダメ。

    遅まきながら社会保険番号を取りに役所へ行ったり、客が来たり、何かしらやってはいるんだけどね。面白おかしく書こうと思えば書けそうなネタもあったのに、「そんなことワザワザ書かんでも」と引っ込んでしまう。まあ、うつですな。

    夫と話すことといえば、夫の父が96歳にして発症した認知症の驀進ぶりや、私の父の81歳にしての幼児返り(もともと12歳以上成長したことない人なんで、数年若返ったに過ぎない)など、老人ネタで窒息しそう。老人ってやぁねぇなんて突き放した話ではなく、自分たちもああなるのかというdread。夫60、私52では避けられないphaseなんだけど、イヤなもんは、イヤです。

    思いにピッタリな語を探していると日本語より英語の方が出てきてしまうのは、うつの末期症状ですので、気取ってるとか思わないでくださいませ。

    日本で何をしていたか

    夕食に海老を使おうと思って冷凍庫を開けた。無計画で段取りの悪い私には、翌日の献立を考えて夜から解凍を始めるなんて芸当はできない。一枚岩状に凝り固まった海老を水道水にさらし、まだ凍ってはいるが一尾ずつバラけた状態にする。

    2週間も日本で何をしていたかというと、母と話していた。半世紀をかけて凍結され、ここ数年に表面化していた確執を、少なくとも料理できる状態にまではほぐしておかなければ。逝く前に、送る前に。互いに無意識の中でそういう思いがあったのだろう。

    悪趣味かもしれない。思い出したくないことを掘り起こし検証し、あの時何が起こったのか、真相究明に挑む。私はもともとそうだ。私にとってあらゆる論争や喧嘩は、勝つためじゃなく本当のことを明かすため。母は、もとは普通に勝ちたい人なのだが、破廉恥なまでに“正直”な娘と共存すべく、かなりそうなってしまった。

    夜な夜なそういう話をして、恐ろしく疲れて体重も減った。父の暴食ぶり(認知症の始まりだろうか?)にも食欲が失せた。食べ物といえば刺身やおひたしの類で、摂取カロリーも少なかった。

    イギリスに帰ってきて、まずパスタを食べ、膨らんだお腹に猫を乗せて一息ついた。身体が“正直”に自分自身を調整するに任せておこう。べつに太るとか痩せるとか気にしてないし。

    テーマ : ヨーロッパ
    ジャンル : 海外情報

    続:日本航空がダメになってる

    日本航空とブリティッシュ・エアウェイズの連絡ミスでエコノミーのどん尻座席に押し込まれた私を待っていたのは、うちのネコでも怒りそうな餌だった。

    確か2000年頃までは、日本航空の機内食はエコノミーでも和食要素がふんだんに採り入れられ、楽しみになるような見た目・味・サービスだった。今ではそういうスタンダードを期待はしていない。しかしこの数年、二つある選択肢の片方が毎回と言っていいほど品切れで、欲しくない方のものを投げつけられてきた。

    今回は、離陸後の食事で残された択一がハンバーグ。着陸前の食事はモスバーガー。これは何かの罰ゲームだろうか。エコノミーに乗ること自体が罪ならば甘んじて受けたい罰だが、そもそも日本航空の手違いでエコノミー、それも機内食品切れ必至の機体最後部に突っ込まれていた私としては、なんとも納得がいかない。

    口先だけで謝り面倒臭そうなクルーの態度にも、日本航空の変質を再認識させられた。日本人が変わったのだろう。丁寧さ、思い遣りといったものが、換金できる商品になってしまった。昔からそうだったのだろうか?

    日本航空がダメになってる

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    プロフィール

    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

    引用・転載は原則として歓迎ですが、事前にご一報ください。どのような論旨・目的での引用・転載か、把握しておきたく存じます。

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