チョーむかつく!(猫)

    お父さんが出張でいないので退屈してご機嫌斜めな猫。お母さんの食事中、猫皿を突っついて煩いので叱った。さっきご飯食べたばかりでしょ! なんかジロリと、いや〜な目つきで私を見た後、わざとらしい静かな物腰で寝室方向へ消えていく。予感がした。

    トイレの横の床に、きちんと、オシッコがしてあった。抗議のクーデターである。表向きの事由は、トイレが十分キレイじゃなかったこと。でも、それはお姫様が最近お仕事なさったからで、奴隷はそこまで頻繁にチェックしておりません。姫のお食事前にチェックいたしましたが、その時には何もございませんでした。「気にいらなかったの! チョーむかついたんだから!」と猫。

    そうですか。それではおやすみ前のミルクは、ご機嫌がなおられてからということで。よろしうございますね。

    読み易さ

    愛読しているブログで読んでもらうための文章についてのやりとりがあり、面白いので考えている。出版社勤めのころ教わった読み易さルールは、平易に書く、漢字と接続詞をを使いすぎないということだった。たとえば、この「たとえば」は本当に必要か考えろと耳にタコができるほど言われた。

    例:「私は料理を味見してみた。しかしなんだか味が足りないと感じた。そこで醤油を少し入れてみた。すると、急に味わいが豊かになった」→「味見してみた。味が足りない。醤油をたらしてみた。ぐっと味わいが深まった」

    料理と同じで、引き算の職人芸かもしれない。

    バカボンのパパ禁忌というのもあった。「〜だ」「〜のだ」「〜である」と同じ文末を繰り返すなというものだ。体言止めを適宜混ぜる、〜である・〜になる以外の動詞を使う、のだ。それでいいのだ。

    これは日本語に限っての話で、英語やなんかで上記を守るととグーグル翻訳みたいなことになるので、ご注意を。

    自分だけ満腹な父

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    フランスへ行かないクリスマス

    夫の両親(二人とも90代半ば)がいよいよ日常生活もままならなくなってきた。この1年は遠くに住む6人きょうだいが交代に訪れ、訪問介護を手配したりしてきた。夫もつい先週一泊で様子を見に行ってきたところだ。ご本尊の老父母がもはや子供や孫の集まるクリスマスに参加できる状態でなくなった今、過去40年間に初めて、一族が集わないクリスマスとなる。

    夫はなんだか寂しそうだ。「老父母がいなくなったら、もうきょうだいで集まることもなくなるのかな」と言う。まあ、そうだろうねと私は思う。私だって、両親がいなくなったら日本へ行くことも少なくなるだろう。これまで世界中どこでも住めるとばかりに身軽に生きてきた私たちだが、現実に故郷が消失する瞬間を間近に控えて、ちょっと怯えている。

    15歳の時に書いた『遠洋漁業』という詩があった。

    遠洋漁業をしているのです、食事には釣った魚を食べます、今日はお天気もよく、どこまでも穏やかな海原が広がっています、まるで世界中が一つの海になってしまったかのようです、食べる魚にはこと欠かず、海はたおやかで、ただ、時々、いつ出てきたのかも忘れてしまった故郷の島は、もうとうになくなっていて、帰るべき港はどこにもないのではと、ふと心配になるのです

    というような詩だった。

    夫の旧友でドイツに住むスコットランド女性ローズマリーの夫ジムが一昨日亡くなった。彼に最後に会ったのは私たちがロンドンに戻るすぐ前だった。人は必ず死ぬ。でも誰かを残して死ぬのはとても悲しい。ローズマリーは異国で障害児を抱え、30年を共に生きた夫に先立たれ、これからどうするのだろう。私には、残す人はいない‥‥だろう、たぶん。

    私と夫は、これから死ぬまでの間、フランスに住むかもしれない、イギリスに残るかもしれない。どこへ行くにしても、二人一緒にいようねとは言っている。帰るべき港は、互いしかないのだから。

    女性の自己実現

    「マッサンのウィスキーの夢は私の夢」とエリーはしつこく繰り返す。史実でも、リタは竹鶴政孝に「日本へ行ってあなたの夢の実現を手伝いたい」と言ったらしい。1920年代、今から100年近く昔には、ヨーロッパでも女性はそういう間接的な、男を介した自己実現しか思いつくことすら許されなかったのだろう。

    ノルウェーでお世話になった牧師の妻が、「私は小さい頃から牧師夫人になりたかった」と言った。ええっ? 世界一性平等が進んだ地域の女性の口から出る言葉とは思えなかった。もっとも彼女は農家の娘で、高校を出た後、食いっぱぐれない仕事として看護職を選び勤め先の病院で患者だった将来の夫と出会ったのだった。

    彼は法律を学んでいた時に、勉強のストレスで初めての癲癇発作を起こし療養していた。あんまり成績もよくなかったことだし、進路を変えて牧師になろうかと思い始めていた。彼女にすればツボにはまったわけだ。じゃあ、彼を励まして、牧師に仕立てよう。これから神学校に行く間は、私が看護婦の収入で彼を支えるわ。

    立派といえば立派だ。というか、エリーを地でいっている。私が腑に落ちなかったのは、なんでわざわざそんな回りくどい方法を選んだのかという点。自分が牧師になりゃ済む話じゃないか。

    『マッサン』の話ばかりで申し訳ないけど、流産し今後も出産が望めないと分かったエリーが、“愛する人の子を産めない”悲しみにうちひしがれているという感想が多いのを目にした。なんか違う‥‥。経緯は違うにせよ子をもつ可能性を断たれた私は、その慟哭が“自分のかけらをこの世に残すことができない”せいだと自覚していた。母性だの夫のためだのと美化する必要のない、生物として最も根源的な欲求、遺伝子の叫びだ。

    女が生き、働き、愛すのは、結果的に世や家や会社や男のためになるとしても、もともと彼女自身の生命の発露だ。『マッサン』から100年後の今、もっともっと自分の動機に正直になっていいと思う。

    マッサン 鴨居の息子役と、英語の話

    あまり芸能に興味のない私がなんだかハマっている『マッサン』。ここ数日間に、鴨居の大将(サントリー創業者がモデル)の長男英一郎という人物が出てきた。演じているのは浅香航大という元ジャニーズさん。

    ジャニーズというから今どきの頭悪いイケメンかとタカをくくっていたのに、演技が悪くない。英語のイントネーションが上手すぎて、もしかして本当に少し話せる人なのかと思ったら、関西弁も上手に真似ている(神奈川県出身)。やたら耳がいいのかもしれない。

    英語の真似が上手いというのは、長く複雑な台詞を不自然さのないメロディーとリズムで言えているから。2年も留学したはずのマッサン役がいかにも“英語ゼンゼン”なので、これから留学したいという設定の英一朗役との対比が哀れだ。

    玉山鉄二ってほんと大根だなぁ。洋行帰りのお坊ちゃまというポッシュさが全然出ていない。ただの田舎のお山の大将、井の中の蛙。顔も声もでかすぎ。

    英語が上手く聞こえるかどうかは、単語の発音より全体が音楽として英語になってるかどうかだと、私は時々思う。文字レベルの音(日本人に無理なlとrの区別やth音など)は、実はそんなに気にしなくても大丈夫。第一印象を決めるのは節回しと拍子で、これを耳コピする音感があれば、語彙が乏しくても上手に聞こえる。帰国子女が流暢そうな錯覚を与えるのはそのためだ。

    もちろん大人が英語環境で長く生きていくには、語彙ほど大事なものはないのだけど。サイマルで私が通った頃学長だった有名な通訳は凄まじい日本人英語だったが、語彙と用法は驚異的だった。あれでよいのだ。日本人がアメリカ人やイギリス人のような音を出す必要はない。理解し表現できる内容が年齢と経験と人格に見合ってさえいれば。それは、発音よりもひたすら語彙と文法、表現法に依る。

    五黄の寅

    日曜日のランチでワイに、中国からもらって日本でも十二支ってあって、私は虎という話をした。

    ワイ:そうなの? あれって、年齢がバレちゃうのよね。12歳若く見えない限りは。
    シカ:ところで私は五黄の寅なんだ。中国にもあるでしょ?
    ワイ:あー、なんかあるみたい。9つとかあるって聞いたような。

    この辺から極東出身者二人とも、極東文化についてあやしくなってくる。

    他の全員:五黄の寅ってなに?

    しまった。

    シカ:なんっちゅーかその、Bloody Tiger?

    Bloody tiger って‥‥言ってしまったものだから引っ込みがつかない。

    シカ:私ってただの虎じゃなくて、36年に1回しか生まれない獰猛な虎なのよ。
    他の全員:じゃあ、Nice Tiger とか Silly Tiger とかもあるの?
    ワイ:あるんじゃない?

    極東の皆さんゴメンなさい。またヘンな極東ステレオタイプを作ってしまいました。ところで極東の皆さんお察しの通り、シカは1962年生まれ、この秋52歳になりました。

    ご近所クリスマス

    ご近所のまとめ役ワイの声かけで、同じ宅地の数世帯で一緒に早めのクリスマスランチということでパブへ行った。来たのはワイ(香港系イギリス人)、ミッツィ(ギリシャ系イギリス人)、クリスとジュリー(オーストラリア人)、ディアとアブヒ(インド人)、ディディエ(フランス人)、シカ(日本人)。これぞロンドンという面々だ。予想外に楽しかった。

    ミッツィ。推定40代後半、イギリス人の父とでギリシャ人の母の間にリバプールで生まれ育った。エイズ予防が専門の研究者で、アフリカを中心に世界を旅し見聞が広い。

    彼女が中国旅行をした時の印象を聞いていて、「日本人の私が初めて来た頃の欧州は、彼女にとっての中国ほど異質な世界ではなかった」と私が漏らした。「それはなぜ? 」‥‥西洋vs東洋のギャップと、富める者vs貧者のギャップに話が進んだ。そして先進国同士という類似性の他に、私はたまたま欧州と同じ精神土壌があったからカルチャーショックが少なかったという話。「じゃあ、日本の一般的な精神土壌はヨーロッパとどう違うの?」

    「おいおい、それをビッグクエスチョンと言うのだ」。私はグビリとワインを飲んだ。彼女がニヤリと身を乗り出す。

    ヨーロッパの重く垂れ込める空、それを突き破らんとするカテドラルの尖塔。比べて穏やかな日本の自然となだらかな寺の屋根。幾何学的に整備されたベルサイユの庭、自然をそのまま借りて模倣する日本の庭。天に挑み自然を人の支配下に押し込めようとしたのがヨーロッパ史だ。一神教のユダヤ・キリスト・イスラムにおいて絶対的善と悪、神と個人の直線的関係が育ったのに対し、万物崇拝である神道と無我の境地を悟りとする日本仏教においては、個の呪縛を逃れて自然・全体の中に溶け込み失われることが目的だ。行動基準は個々の良心ではなくあくまで相対的な「全体」他人様」なこと。自分がやってる事が正しいかどうかじゃなく、隣の人がやってるかどうかで決めるのだ。これがうまくいくと素晴らしく整合性のある社会になる。新幹線が時刻表通りに動く。まずくいくと‥‥(グビリ)。

    こんなわけで、ミッツィとは「次回に続く」になりそうだ。

    ワイ。カーディフ育ちの完璧なイギリス人だが、両親は香港人だ。有能でダイナミックでバランスのとれた感じの人。会社で電話を取って、相手に名前を聞かれ、「ワイ」と言うと話が続かないというのには笑った。("Who am I speaking to, please?" "Wai. (Why?)" ".....")

    インド人カップル。教育を受けた若い世代で、優しげな物腰と子供っぽい好奇心が混在して可愛い。ワインが大好きで、テイスティングにはフランスのどこへ行ったらいいかと一生懸命ディディエに訊いていた。

    オージーの二人。いかにもオージー、大らかでちょうどいい具合にお下品なところもあり、とっつきやすい。太平洋圏から遠い欧州に来た同士のよしみもあって、適当に楽しい話が弾んだ。

    ご近所さんとこんな付き合いができるなんて、ワイのおかげだ。みんなで一緒にバスに乗ってパブへ行き、一緒に帰ってくる。なんか寄宿学校の悪ガキみたいだね。

    The same procedure as last year の出典

    なぜか毎年クリスマス〜新年の時期に北ヨーロッパ(スカンジナビア、バルト3国、ドイツ語圏)各国で繰り返し放送されているイギリスの古典コメディ寸劇 Dinner for One。近年では老人ホームを舞台としたWaiting for Godなどという番組を生んだイギリスならではの残酷なユーモアに満ちている。以下あらすじ:

    ーーーーーーーーーーーーーー

    90歳を迎えた老嬢ソフィー。毎年、親しい男友達4人を招いて祝ってきたのだが、さすがの妙齢ゆえ、男性陣は近年一人また一人とご出発になり、今年の晩餐会のお供は同じく老齢の執事ジェームスだけとなった。

    しかし何事も“恒例通り”が肝要。執事と老嬢の「去年と同じ手順で?」「去年と同じ手順よ!」という声掛けで始まった晩餐は、一皿ごとに老嬢の健康を祝って乾杯しつつ進められる。

    スープにはシェリー、魚料理には白ワイン、鶏肉料理にシャンパン、果物とデザートにはポート。問題は、男友達4人の役を執事一人で努めなければならないことだ。テーブルの周りをぐるぐる回りながらポメロン氏、ウィンターボトム氏、トビー卿、フォン・シュナイダー提督になりきって杯を重ねる執事。

    晩餐の終わりにはすっかり出来上がっている。では、寝室へと言うソフィー嬢。執事は「去年と同じ手順で?」。老嬢は顔を綻ばせて答える:The same procedure as every year, James!

    人生を教えたがる人

    クロアチア人のダニーという知人がいる。夫の旧友であるスコットランド女性シーラと結婚して、何十年もイギリスに住んでいる。

    ダニーの英語は物凄く訛っていてヘタクソだ。ダニーというのは本当の名前ではないらしいが、元は何処の何某だったのかシーラ以外誰も知らない。自称貴族の末裔で、出身地はスプリットだったりドブロブニクだったり日替わりだ。

    やんごとなき出自ゆえ高級レストランで他人の奢りでシャンパンなどを嗜むことを好むが、常に野球帽(?)をかぶりポークソテーを“ミディアムで”と指定し(十分火の通ってないブタ肉ってめっちゃ危ないで)、食後にカプチーノ(そりゃオヤツか朝食に飲むもんやろ)を注文する。(チェーンスモーカーなのはあんたの勝手だが)煙草を吸わない人の車や家の中でもモクモクやる。

    ダニーは、会うたびに私と夫を順番に羽交い締めにして「マイフレンド、イッツグッドトゥシーユー」と叫ぶ(ヤニ臭いからやめてほしい)。そして自分の気に入る台詞にはすべて「ブラボーブラボー」と言う。ことある毎にひとの肩を掴み、「アイウィルテルユー、マイフレンド‥‥」に始まる説教が展開される。

    昨夜テレビを見ていたら、クロアチアのことをやっていた。出てくる人々のマンネリズムがことごとくダニーにそっくりで、夫がとうとう音をあげた。

    「ああいう、人生を教えてくれる奴って大っ嫌い。ボクも60やし」。

    戦争で何があったか300回聞いた今もよう分からんが、私も大嫌い。奥さんのシーラは大好きなので、すごく困る。シーラと会おうと思うとダニーがもれなくついてくるから。数日前に会った時、彼がクロアチアでここ数年かかりっきりで改築している“御殿”に招待されてしまった。“七つの海から集まってきたこの素晴らしき友人たち”に囲まれて乾杯したいのだそうだ。さて、いかに華麗にスルーするか‥‥。

    ちなみに私にはサラエボ近郊ツヅラ出身の旧友がいる。1986年に彼女の家族に連れられてユーゴスラヴィア全土を旅した日々はかけがえのない思い出だ。だからバルカン半島が嫌いとかいうのではない。ただ、あのダニーという人、テレビで見た彼にそっくりな物言いと仕草の人々が苦手という話。
    プロフィール

    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

    引用・転載は原則として歓迎ですが、事前にご一報ください。どのような論旨・目的での引用・転載か、把握しておきたく存じます。

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