マッサン

    NHK朝ドラ『マッサン』、イギリスでは観れないことになってるのだが、韓国かどっかの違法ユーザーがYouTubeに載せてるのを観ている。おかげでウィスキー消費量が増えて困る。あまつさえ、この間蒸留所で買ってきた“とっておき”2本の片方にまで手をつけてしまった。うちでは普段免税で30ポンド以内のしか飲まないのに‥‥。とはいえ夫も私もこの歳になって不味い酒はイヤなのでシングルモルトに限っている。

    ドラマでは予算の都合もあるだろうし日本での大衆受けが命題なので、時代文化考証はかなりいい加減ではある。日本人に親しみやすい容姿を第一条件に探しただけあって、主演女優はヨーロッパ基準では女性というよりおさげの少女という感じ。初対面の相手にやたらハグで挨拶というのも、日本人の外人ステレオタイプであって、あの時代の英国で医者の娘で大学出ということはお嬢様には不自然な話だ(他所の男とじっくり抱擁するのも、その気がなければあり得ない)。英国に格別詳しくなくても、ポワロでもホームズでも観てる人なら分かると思う。20世紀初頭の英国中流〜上流女性はもっともっとお高くとまってエレガントだった。

    しかしあの女優さんの職業意識はりっぱだと思う。無意味な音の羅列でしかないはずのローマ字の台詞を、かなり表情豊かに読んでいる。怒る演技が特に巧い。英語の短い台詞も、アメリカ人の彼女がいちおうイギリス英語を踏まえたような発音をしている。夫役の“ERRie, let's huLLy!" "This is the start of our new Rife!” に比べればあっぱれだ。

    スコットランドの蒸留所で弟子入り懇願するシーンや、彼女の親の家で結婚の許可を請うシーンで土下座していたのには笑った。2年もイギリスに居た男があそこまで破廉恥な赤ゲットをやるか?

    ドラマはさておき史実の話。写真のリタさんは、いつも生気のない悲しそうな顔をしている。本当に幸せだったの? 日本料理の達人になったけれど、自分ではほとんど食べず、夫が出張で留守の度にいそいそとスコットランド料理をこしらえたという。そして夫と共に夜毎ウィスキーを傾け、肝臓を患い64歳で亡くなった。

    日本人の夫と出会う少し前に、彼女はスコットランド人の婚約者を第一次大戦で亡くしている。そして父親も死に、失意の底にいたはずだ。ここからは私の想像だが、日本人に求婚された時の彼女には、「もうどうにでもなれ」という気持ちがあったのではないか‥‥? 大きな喪失を経験した女性が、尼僧になったり未開地の貧民救済に身を投げたりというシナリオは珍しくなかった。小説などにもよくあるパターンだ。いわば自殺行為だったのではと思う。

    ひとたび嫁いでしまった日本では、料理だの作法だのといった表層面ではひたすら馴染む努力をした。しかし彼女は終生キリスト教信仰を棄てなかったというから、魂まで日本化はしなかったはずだ。帰ろうにも、自ら棄てた故郷は物理的にも心理的にも遠すぎたのだろう。

    自らを流刑地に送った女性の、寂しい寂しい生涯だったのではないだろうか‥‥。リタさんに乾杯(ヒック)

    悪の陳腐さ

    この間書いた“平凡の偉大さ”の反語のようだが、昨日『ハンナ・アーレント』を観てしまったのでしかたがない。アーレントはアイヒマン裁判を傍聴し、このナチス高官が悪魔やら死の大天使などといったスゴいものではなく、ただの小心な小男、考える力を失った小役人であると報告した。

    日頃は悪人でもなんでもない、妻の誕生日に花束を買ったりするような普通の市井の人々が、思考する能力と権利を放棄することで凶器と化す。飼い主にけしかけられたドーベルマン、いじめっ子に加担する他の子たち、社内の誰か一人を血祭りにあげて不祥事をもみ消す会社‥‥。悪の歯車となることでたいした報酬が得られるわけでもない。得られるとしたら、“安泰”と“社会的受容”の幻想だけだ。つまり“全体”の内側に留まろうとする希求だ。

    住んでみた感想として、日本人とドイツ人には他の国民に比べてこの希求がかなり強い。

    全体主義がどうやって個々の考える力を奪うのか、そのからくりがわかれば希望も見えてくるかもしれない。どうも、ヒトラーにしろ毛沢東にしろ秋元康にしろ、全体主義のリーダーとなる人々のカリスマ性は、異常な自己愛に支えられたものに見える。平凡であることを受け容れない貪欲な自己愛は危険だ。その自己愛に能力が加われば本当に危険だ。しかしその人一人でできる悪の質量は限られている。そこで“ボス犬”“飼い主”“いじめっ子”となって他のみんなの思考能力を止める。そのやり方、教えてほしいなぁ。私もやってみたいしぃ。

    集団の中で誰か一人(または一群れ)だけが非凡で、あと全員が陳腐となる。こうなってると安心なのよね〜。あとは発言小町の“常識”でも新興宗教でも民族浄化でも、ざぁっと流せばよい‥‥。

    反社会性人格障害(サイコパス)

    小学校4年生の時、同級生の男児に平手打ちされたことがある。落ち着きがなく成績の悪かったその男児には、転校生で学級委員の私が余程気に入らなかったようで、私は「女のくせに頭が高い」と執拗に往復ビンタされた。何があっても人前では涙を見せないと決めていた私が、あまりの痛さと屈辱にはじめて泣いた経験だ。私にとっては一生のトラウマになった出来事だが、そのように生まれ育った男児を今では気の毒にも思う。

    おそらくあの男児は、家庭や近隣で、暴力で周囲を支配する誰かを見て育ったのだろう。女を、男の性欲求の処理道具かつ飯炊き女/掃除婦/出産育児ロボットとしか認識できない男たちに囲まれて育ったのだろう。あの男児自身も、理不尽な暴力に牛耳られて生きていたはずだ。

    こういう悲劇の連鎖は、残念ながら食い止めることができない。獣のような人は常に一定の割合で生まれてくる。その人々は、愚かさ故に自らの獣性を知らず子をもうけ、愚かさと憎しみと凶暴さを果てしなく伝承していくのだから。

    窓の外の悪魔

    居間の窓に、ヌゥッと顔が現れた。

    大きな口にハリネズミを咥えたキツネだ。きつねうどんのイメージはカワイイが、実体はイヌ科の野生獣。さすがにオオカミの近縁だけあって、暗がりにどアップだと悪魔みたいな顔で、うちのネコを注視している。はっきり言って、命を狙っている。獲物はといえば、情けないことに、人間のお父さんの膝にぐでんぐでんに伸びて、窓ガラス一枚隔てた脅威に気づきもしない。

    煉瓦塀と二重窓と暖房と人間の愛情に守られて、庭でミミズやハエをつかまえては百獣の王気分のネコは、まるで日本のようだ。略奪と戦争と伝染病が窓際まで来ているのに、目を向けようともしない飼い猫。飼い主の都合や気分なんて、ほんとはアテにならないのにね。それとも、ぜんぶ分かっていて、それでも明日のことは明日自身が思い煩うであろうと諦観しているのかしら。

    ロンドンのこの辺りはキツネやリスがけっこういるのです。

    テーマ : ヨーロッパ
    ジャンル : 海外情報

    シングルモルトの里へ、呑みに行く

    うつ病の人には誕生日は高リスク期のひとつ。“何も成し遂げないまま、また一歳老けた”ことを忘却するまで呑ませるという夫の戦略で、私の誕生日を挟む2泊3日、スコットランドはアイレイ島へ行ってきた。

    ロンドンシティ・エアポート(うちの最寄り駅からDLRでたったの2駅!)からグラスゴーへ1時間半、そこからプロペラ機でテケテケ飛ぶこと30分。島の飛行場に着いた時には終バス(5時半)が出た後だった。停まっていたタクシーに尋ねたところ「いや、俺は別の客を待ってるとこでね。島にはタクシーがあと2台いるんだけど。電話してみれば?」。電話しようと試みたら、携帯の電波がない。困っていたらさっきのタクシーのおっちゃんが腕を振り回して飛行場の建物を指差している。あ、中に公衆電話があるんだ‥‥。

    吹きっさらしの野原の真ん中の飛行場前で待つこと10分。“キャロルのタクシー”とお腹にでかでか書かれたライトバンが現れた。“キャロル”が、いろいろ島のことを説明しながらホテルまで運んでくれた。島の人口は2500人、ほとんどがウィスキー蒸留所か、蒸留所目当ての観光客をもてなす商売で食べている。蒸留所は8カ所、どこでどんなテイスティングをやっていて、料金はなんぼで‥‥。「ホテルからは車で30分ぐらいかかるわよ、バスだったら1時間かな〜」。地図を見ると道は一本しかない。どうやってそんなに差が出るのか?

    翌朝、バスの時間をホテルの中で待っていたら、女主人が「早めにバス停に行きなさい。一本逃したら次は2時間待ちだから」と教えてくれた。たしかに、時刻表より5分早く来た。バス運転手は乗客全員と知り合いのようだ。島唯一の街ボウモアを通過する時には、「ちょっと両替してくる」とバスを放置して行ってしまった。生協の店に入って、他の客と喋っているのが見える。出てきたと思ったらやにわに電話しはじめた。あ、ここしか電波が届かないのね‥‥。それからタバコを一本。次に、隣のホテルに入ってしばらく後にコーヒーを手に出てきた。その間、見捨てられたバスの乗客は世間話で盛り上がっている。キャロルの言ってた「バスだったら1時間」の意味がようやく見えてくる。

    悠久の時の末、11時過ぎに目的地のラガヴリン蒸留所に辿り着いた。11時半の試飲ツアーは? 「あるんだけど、今日だけないの」。何だそりゃ。次のは1時半。しかたない、隣のアードベグに先に行こう。「歩いてどのぐらい?」「すぐそこよ、15分ね」。‥‥しっかり30分は歩いて“隣”に到着。ここでは躾の悪いフィンランドの若者一群、システマティクにスコットランド全土の蒸留所を踏破しているドイツ人お一人様などに混じってしっぽりと見学と試飲をした(結局、この2組とは終日同じコースを辿る羽目となる)。

    アードベグ蒸留所は気合いの入った新しい建物で、見学者をかなり意識した構造になっている。ピートを砕いて炊いた煙で麦を蒸して糖化させて蒸留して‥‥だんだんそれらしい匂いと色になっていく。ガイドの子は気さくでお喋りだが訛りが強い。フィンランド人は半分も理解してない様子で、笑うべきところで笑いが出ない。ドイツ人は試飲しつつ的確な質問を発していた。終わったのは1時ごろで、ラガヴリンに1時半までに戻るには、座ってお昼を食べる時間がない。カフェの人に事前に頼んでおいたサンドイッチを受け取って、すぐに引き返した。

    ラガヴリンはもっと古く、蒸留所そのままの姿だった。ガイドは最初は無愛想だったが、だんだん調子が出てきて、見学順路が終わってテイスティングに着席するころにはすっかり打ち解けていた。ゆうに1時間はかけて5種類のシングルモルトを飲み比べる間、フィンランド人一行は完全にアウェー状態で、あのひでぇ東北方言みたいなフィンランド語で私語に夢中になっている。やっぱ北欧人って未開だわ‥‥。なのでガイド嬢はもっぱら我々文明人(ドイツ人、スイス人、フランス人、日本人)相手にいろいろ興味深い話をしてくれた。

    なんでもウィスキーは古けりゃいいってもんじゃないらしい。16年〜30年ものを境に、それ以上熟成すると度数も下がるし角が取れすぎて面白味がなくなるそうだ。人間みたいだね。ガイド嬢自身、44年ものを試飲したことがあるが「古毛布みたいでひどかった」そうだ。どうひどいのかは古毛布を味わってみないと分からない。

    Q:試飲に来るのはどの国の人が多いの?
    A:やっぱり北欧やドイツが多いかしら(あいつらみんな、呑んべえだからね)。日本の人もけっこう来るわよ。日本人は真面目で、蒸留過程を一心不乱にメモとってるわね。
    Q:輸出先は?
    A:ヨーロッパ、日本。中国人も最近ウィスキーをたくさん買うようになったけど、ほとんどがブレンド。質より量っていうか、味はあんまり分かってないみたい。アメリカはバーボンがあるから、シングルモルトの市場は一部に特化されてる。日本人はすごいわね。私の祖父も出張で行ったことがあるんだけど、ラガヴリンの人間だからってサインを求められて、「お願いですから作り方を教えてください」って頼み込まれたって言ってた。作り方も何もねぇ。「適当に、様子みながら、ゆっくり」‥‥。だってそうなんだもん。でも、そんなはずない、何か秘密があるでしょって突っ込まれて困っちゃったって。

    さて、最後のラフロイグに着く頃には、朝からサンドイッチ一切れで歩きっぱなし呑みっぱなしだったので、もうフルコースの見学はいいやという感じになっていた。ミュージアムの一角に陣取り、受付のおばさんが持ってきてくれたトレーの6種類のモルトをちびちび舐める。さっきのドイツ人がまた現れ、お一人様でさすがに退屈したのか一緒の席に着いた。ドイツ人は、ドイツの外で出会う分にはフツーに感じのよい人たちだ。

    ドイツ人の蘊蓄に耳を傾け、受付のおばさんとも無駄話をした後、終バス(5時過ぎ)をつかまえるべくラフロイグを後にした。バスの出る港まで、おばさんは徒歩10分と言ってたから、20分かなと思いながら歩いていると、後ろから来た車が停まった。「港でしょ? 乗ってく?」。ラフロイグで働いている地元の青年だった。この島の人たち、なんかみんな人が好いぞ。

    翌朝、ホテルで朝食を食べていたら、空港へ行くべく頼んでおいたタクシー運転手とおぼしきおっさんが入ってきた。まだ8時20分、頼んだのは8時45分。「8時半って言われたんだけどね」といやにきれいな英語(スコットランド語ではなく)で言う。時間が前後に自由に動く島のようなので、もう気にならない。「荷物まとめてくるから10分待ってくれる?」と頼むと分かったと出て行った。さて、汚い車がやってきたのは20分後。座席は犬の足跡だらけだ。

    運転席についたおっさんの正体は、島の大地主だった。島の人間ではなくスコットランド南部の某一族の出身で、15年ほど前にこの島の半分以上を買収して管理のため移住するまでは、イギリス軍の将校だったという。どうりで訛りがないわけだ。「今朝は島のタクシーがみんな出払っててね」。地所に建つホテルも彼の所有で、部下であるホテルの女主人に昨晩頼まれて急遽、宿泊客送迎と相成ったそうだ。

    おっさん改め島の主に見送られて、イングランドへの帰路についた。なかなか味のある旅であった。

    母よ、それを知ってどうするのだ

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    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

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