平凡の偉大さ

    アルジェリアでフランス人観光客が拉致された日曜日、夫は仕事でアルジェリアにいた。私はその日のお昼、例のご近所さん(アンゴラ系スペイン人Mさん+日本人Cさん夫妻)に招かれて楽しい時を過ごした。

    翌朝Cさんから「ディディエさん大丈夫? Mが心配してて」とメールが来た。私は、過去20年にわたり月1ペースで行っている夫は危険な場所や時間帯を知っているので、心配していなかった。そういえばMさんはまえに、ディディエと居るとスペインの養父を思い出すと言っていた。親愛の情があるから心配したのだろう。

    人が心にかけてくれるのは、素直にありがたいものだ。年をとると素直になるのかな。以前の私は「私は大丈夫、自分の心配は自分でするからほっといて」という構えだった。若さの傲慢だったのかなと思う。今では、「実は大丈夫だけど、心配してくれてうれしいです」なんて調子のいいことを言うようになった。

    喜びは分かち合えば2倍、痛みは分かち合えば半分‥‥。成長(加齢?)につれどんどん陳腐になっていく自分を見て、平凡の偉大さをようやく理解しはじめたところだ。平凡が、生まれて育ち老い死んでいくという、人が時の流れの中で絶え間なく性懲りもなく繰り返してきた経験から導き出された最大公約数だとすれば。

    一応だいじょうぶ(夫)

    この間ちょっと不穏なことを書いたので、いちおうご報告。夫の検査の結果は限りなく白に近いグレーでした。ポリープがあって、検査ついでに全摘したそうです。ポリープ自体は癌性のものではないけど、癌化する可能性もあるので、また出来てないか定期検査するということでした。こまめに検査してれば、見つかったら見つかったで即刻、初期段階で治療に入れるので生還率も高いです。

    というわけで心配してもしょうもないし、なるもんはなるという、この年代の宿命のようです。親はヨボヨボ、自分たちも草むらの向こうにオオカミの耳が見えてきたこの頃です。

    “オオカミの耳を見る”というのはスペインのことわざで、来るべきものの実体はまだ襲って来ないけど、いつか来るぜ〜という兆を感じることだそうです。

    メシウマの国

    「BBCでサンセバスティアンのことやってるよ!」と夫の嬉しそうな声。美食の地として絶賛発売中のスペインバスク地方の紀行番組だった。地酒チャコリ(二日酔い必至)、ハモンイベリコ(蝋状に酸化した脂が醍醐味だとか)、オリーブ油の池に浮かぶ数々の食材‥‥。

    バスク料理は日本料理に似て、あまり香辛料を使わず手もかけすぎず、素材の持ち味を生かすのだそうだ。要するに、すべて“にんにくあぶら風味”である。私もはじめの頃は物珍しくて何でも美味しく感じたが、胃が受け付けなくなるのにひと月かからなかった。サンセバスティアンにおける問題は、バスク料理が不味いことではない(どっちかというと美味しい)。バスク料理しかないことである。

    およそメシウマとされる国々は、中国でもイタリアでもフランスでも、そういうものかもしれない。自国の食べ物が美味しいのにわざわざ他の料理を試そうとは思わないのだろう。イギリスのようなメシマズ国では、自覚と反省に立った謙虚な姿勢で外国料理を無節操に受け入れ、おかげでロンドンはヨーロッパ有数のメシウマ街になっている。イギリス料理さえ避ければ。

    その点日本(特に東京)は特殊で、日本料理も国際級に美味しいとされる一方で、ナンチャッテではあっても世界各国の料理が普及している。そういう変わった食文化で育った私は、サンセバスティアンでしばらく過ごすと、たまには美味しいパスタでも食べたいなとか、タイ料理とかないかしらとか、思っちゃうのだった。

    外国にいると、和食が夢にまで出てくるほど恋しくなる時があるものだが、日本へ行って1週間もすると飽きてくる。天ぷら、うどん・そば、居酒屋、廻る寿司、カレー、ラーメン、丼。家畜クラスで旅する私の身分で手が届く範囲では、何でもかんでも醤油と味醂の味つけで、「こんなもんだっけね」という感じ。あげくスーパーで真面目なバンとチーズが手に入らないことを嘆くダメな在外邦人になってしまう。そんな時は、和食以外の選択肢があることが素直に有り難い。

    夫は私が目先の変わった料理をいろいろ作るのを喜んで食べてくれるが、結局“にんにくあぶら風味”が一番落ち着くようなので、それも三日に一度は出すようにしている。人間の味覚の幅は、育ったようにしかならないものだ。

    味噌汁って必要ですか

    高校の寮と、長期入院した病院で、だし汁ではなくお湯に味噌を溶いた液体を数時間煮返した代物を連日供されて以来、私は味噌汁というものを好まなくなった。

    旅館などで少量の味噌汁を口に含んで美味しいなぁと思うことはある。コンソメの類もスープボウルに満杯は勘弁だが、この家/店の味の基本ですという意味でアミューズにちょこっと供されるのは好きだ。けれど“汁物”が食事の必須要素ではなくなって久しい。どうせ水か酒か飲むのだから、固形の食べ物と同時にわざわざ塩分を含んだ液体を摂りたいとは感じない。

    どうなんだろう。汁物、とくに味噌汁。ドイツに嫁いだ知人がFBに朝食写真を載せていて、考えてしまった。日本人の彼女はアメリカとヨーロッパでおそらく10年は暮らしている。ご夫君はハンガリー系ドイツ人。二人の朝食は、彼女が味噌汁、小鉢4種、目玉焼き、丼飯。彼がシリアル、バナナ、リンゴというメニューだ。

    元来朝はコーヒーだけの私の場合、もともとあまり好きでない味噌汁は、目覚めかけの胃にムッときそうだ。その上に米飯やオカズときては‥‥それが焼き魚だったりした日には。夫の家族や友人が日本旅行の唯一のネガティブな経験として旅館の朝食を挙げていた。日本人のくせに同調できてしまう私って情けないのかしら。

    絶頂の息子と、継母の心配事

    最近博士号をとったばかりで就職活動中の息子が、ケンブリッジ大のポスドク面接を受けに来た。ロンドンのパパの家に二晩泊まり、ケンブリッジまでパパに車で送迎してもらって、「(研究所の設備や人々が)すごい感じいい!」と意気揚々。

    彼は先々週までアメリカに行っていて、ボストンのMITとカリフォルニアのバークレーも訪問してきた。パパによれば、この3校からオファーを受けていてどれに決めるかは彼次第という話だった。

    息子の研究所訪問は朝10時から午後5時までかかり、パパと継母はその間まる一日ケンブリッジで潰して、夕方迎えに行った。息子を車に乗せ帰路話を聞いていると、実際にはまだどこからも“オファー”は受けていないと分かった。バークレーで受けたのは「君が来るなら研究室はここだよ、大歓迎だよ」ぐらいの茶飲み話で、正式の面接でも給与や条件詳細を明示したオファーでもない。ケンブリッジではもう少し具体的で、「本来なら君からの正式な求職を受けてから面接、そのあとこちらからオファーだから順序が逆だけど、今回は早急に求職してくれればその時点で今日の面接を有効にして、折り返しオファーを送る」と言われたらしい。

    この子は素直で優等生だが、経済環境にも素質にも恵まれて生まれ育ち、今まですべてが順風満帆で、自尊心を挫かれたことが一度もなく逆境を知らない。物理学の専門素養は十二分にあっても世間的にはかなり無知だ。文系の教養も皆無に近い。履歴書の書き方も継母が書式からフォントから表現に至るまで添削した。英語はCambridge Advanced(First CertificateとProficiencyの中間レベル)程度で“流暢”と憚らない。日本に1年留学したのにろくに喋れない日本語で日本語能力検定試験の2級に受かるつもりだったり、笑えるほどめでたい万能感を持っている。

    しかしパパはこの息子が可愛くて可愛くてたまらない。他のあらゆる面では冷静で明晰な人だが、こと息子の話になると可愛さに目がくらんで判断力を失う。10代で母親と死別したことへの不憫さが甘さに輪をかけ、自分の息子は天才科学者だと信じている。いや、実際天才なのかもしれないが、若くしてポスドクという“天才”に何人も出会っている私には、息子がそれほど特別な存在とは思えない。

    要するにただの意地悪な継母なのさ、私は。

    なぜこうも意地悪くなるかというと、それは今、私の夫にして息子のパパであるディディエが、もしかしたら癌と言われ検査中だからだ。妻の私はこれまでにも、これからも、まさに病めるときも健やかなるときも夫に寄り添っている。夫は、私には怖がっている顔も見せるし病院にも付き添ってと言うが、息子には心配させたくないからと何も言わない。そして何も知らない息子は、到着した瞬間から出発の瞬間まで自分の話でもちきりだった。

    当たり前だ、子供への愛は一方的、夫婦の愛は相互的なもので、本質から違う。息子以上に信頼され頼られていることは妻の特権ですらある。それでもなんだかイガイガと、割に合わない感じがして、心地が悪くなるのは私がドケチだから‥‥。
    プロフィール

    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

    引用・転載は原則として歓迎ですが、事前にご一報ください。どのような論旨・目的での引用・転載か、把握しておきたく存じます。

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