カズオ・イシグロ

    カズオ・イシグロは日系英国人作家。両親は日本人で本人も長崎生まれだが、5歳からイギリスで育った。日本語はカタコトで、両親を訪れた際に戯れに少し口にするぐらいだという。1954年生まれだからうちの夫と同じ年、ビートルズ、ヒッピー文化、学生紛争やベトナム反戦をリアルタイムで体験した世代だ。その時代の普通のイギリス中産階級の若者として、アメリカを放浪したり音楽に傾倒したりの青春を送った。

    イシグロの父は敗戦国日本から英国へ渡った科学者。カズオ少年は日本については未だ見ぬ「もう一つの国」と認識していたという。両親から聞いた日本のイメージを頭の中だけで膨らませ、その架空の日本を舞台に処女作と次作を書いた。以降、作品の舞台は一貫して西洋となる。

    ブッカー賞をとった『日の名残り(The Remains of the Day)』は貴族の館に仕える執事の超英国的な話で、第二次世界大戦前夜からほぼ現代に至る時の流れの中で「英国人性とは何か、尊厳とは何か」という問いが延々と繰り返される。イシグロの文章はものすごく緻密で一語一語が吟味され、回りくどいほど説明的なのだが、それが“執事”という律儀にして退屈、上品にして無学な存在を描き切ってあまりある。

    超あらすじ:真の英国紳士であるご主人様は第二次大戦前夜、真摯に考え抜いた末、親ナチス・ドイツ路線に傾いていく。忠実な執事は不穏に感じながらもひたすら主人に仕えて激動の戦中戦後を生き抜く。名声を失った主人が失意の中で亡くなった後、主人の罪に添い遂げてきた自分の人生は何だったのかと思い悩む。

    「ご主人様は悪いお方ではなかった。そしてせめて、生涯の終わりに、自分自身の間違いを犯したと言える特権があの方にはあった。勇敢な方だった。ある選択をなさって、結果的に道を誤った。それでもご自身でその道を選んだと、それだけは言うことができた。それにひきかえ私はどうだ? 信じ頼っただけ。ご主人様の英知を信頼しただけだ。ご主人様にお仕えした長い年月、自分のしていることに意義があると信じていた。自らの罪を犯しましたとすら言えないんだ。そのどこに尊厳があるというのだ?」"Lord Darlington wasn't a bad man. He wasn't a bad man at all. And at least he had the privilege of being able to say at the end of his life that he made his own mistakes. His lordship was a courageous man. He chose a certain path in life, it proved to be a misguided one, but there, he chose it, he can say that at least. As for myself, I cannot even claim that. You see, I trusted. I trusted in his lordship's wisdom. All those years I served him, I trusted I was doing something worthwhile. I can't even say I made my own mistakes. Really - one has to ask oneself - what dignity is there in that?"

    英国貴族と従僕の物語だ。しかしこの独白には、戦中戦後の日本人の歴史がそのまま映し出されていないだろうか。おそらく、イシグロの両親が遠い祖国を想い息子に語った長い物語が、反映されてはいないだろうか。くそ丁寧な語り口に、愚鈍と呼びたいほどの忠実さに、日本人の真面目さが読み取れないだろうか。

    決定的な違いは、この執事は英国人であることだ。個の尊厳をもたない使用人の身分に不条理を感じることだ。日本人はお上(幕府、軍隊、アメリカ、自民党、企業、村社会、拝金主義、やくざ、東京電力、世間様‥‥)に自分たちの尊厳をどれだけ踏みにじられてもさらりと水に流し、嬉々としてAKB48を眺め粛々と子どもを幼稚園にお受験させている。お上が,八百万の神が養ってくださる限りは。

    カズオ・イシグロが日本国籍を棄てたのも無理はない。

    注意:アンソニー・ホプキンス主演の映画版の主軸になっている執事と家政婦の便秘な恋は、原作ではサブストーリー的な扱いなので、そっちが読みたい人はかなり退屈するかもです。私としては、執事役はイアン・リチャードソンにやってほしかったなあ。

    テーマ : 書評
    ジャンル : 小説・文学

    プロフィール

    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

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