引っ込み思案

    落ち気味のときの私は電話をかけるとか医者に行くとか、誰かに物を言うのがイヤでイヤでたまらない。どうしてもしなければならない用事を延ばしに延ばして自滅感に襲われ、よけい落ちてますます億劫になる。

    買い物一つにしても、店員と向き合って何か言わなければならない個人店は苦手だ。スーパーの方がいい。黙って入って黙って通って黙って出てこれる。レジの人すら居ないセルフチェックアウトならもっとよい。

    そんなわけで昨日、日本の母へのイギリスみやげを買いにテスコに行った。ビスケットやら何やら籠に入れて、このまま黙って逃げようと思い、セルフチェックアウトへ。ところが! バーコード、かざせどかざせど閑古鳥。どうしても鳴ってくれない。鳴かぬなら、鳴くまでまとうホトトギスでは列の後ろの人が怒る。殺してしまえ‥‥。「すみませーん、助けてください」と係員を呼んだ。地獄の底から助けを求めるようなか細い声だったに違いない。さっ、と、その人は来てくれて、「ど、どうしたの?!」。

    かくかくしかじかと説明しながら私は、「何のためのセルフチェックアウトだ。誰にも口をきかずに済むはずだったのに、これじゃ個人店の方がラクなぐらいじゃないか!」と天を呪った。

    お子様

    月曜日の珍客から5日目にしてようやく回復。

    『子供たちを責めないで(私は子供が嫌いだ)』という名曲があった。あろうことかNHKの『みんなのうた』で放送されていた記憶がある。大人になってしまった子供のやるかたない憤懣が渦を巻いてクライマックスに達する、その自爆ぶりが可笑しすぎて信じられない。

    頭の中であの歌を唱えつつ耐えた月曜日だった。敵は10歳と13歳のスペインがき(スペインかぜの亜種)。親2人と私たち2人で総勢6人だ。食事は、大人に出すような手の込んだ料理は無理だから分かりやすく食べやすいものを‥‥。かといって、わざわざロンドンで日本人とフランス人の家に来てスペイン料理もないだろう。好き嫌いはあるかと前もって親に訊いたが返事もなく、それならば「タマネギ嫌いピーマン嫌い人参嫌い鶏肉嫌い」を覚悟の上で全部出すことに。

    トマトとハーブのサラダ、日本式マカロニサラダと鶏の唐揚げ、一口サイズの鮭の包み焼きを用意した。席に着いた子供はのっけから戦意を殺がれた顔をした。「パスタサラダ食べる?」「いらない」。あっそう。私は氷の微笑を浮かべてパンとオリーブ油をお供えした。

    ‥‥‥数十分後。その子は皿にマカロニサラダをてんこ盛りにしていた。その脇には、オリーブ油の池に浸かった唐揚げ。この発想すげーと感動した。考えてみればフライドポテトにマヨネーズつけて食べる流儀もあるよね。特にスペインでは。「神をも油をも恐れないスペイン人、たかが不況でへこたれてどうする!」とその子の父親(銀行家)に説教しそうになる自分を抑える。

    10人分ほど用意した食事はあらかたなくなったので、不味かったわけではなかろう。もちろん「おいしい」という言葉は出なかった。スペイン人は中国人に似て、スペイン料理以外は基本、口に合わないので、料理してやる甲斐がない。

    いや、別にですね、お子様がたが何かしでかしたわけではないんですよ。スペインがきにしちゃ、ごくごくお行儀のいい良家のご子息たちで。ただね、私は子供が嫌いだ! 半径5m以内にいるだけでストレス値が倍になります。人でなしと呼ばれようとも、どうしようもありません。午後いっぱいをお子様に仕えて過ごした月曜日の後は、とんでもないことになっていました。腰痛は出る、夜中に悪夢で喚いて夫に起こされるで、えらいこってした。

    子供のいる人には「子連れは勘弁」という気持ちが解ってもらえないばかりか非難されるきらいがあるけど、これはアルコール分解酵素のない人にイッキ飲みを強要するようなことなんです‥‥本当に。

    テーマ : 海外生活
    ジャンル : 海外情報

    フランスのお兄ちゃん

    夫の親友イヴがイースター休暇でフランスから遊びにきている。私のフランス語はまだダメなのであまり話はできないけど、互いの家に泊まった回数に比例して親しくなっている。

    もし、ディディエの親友という信頼を土台に出発していなければ、イヤな奴と思っていたかもしれない。精神科医の鋭さと温かさを併せもつ眼差しと、生来のエピキュリアン性と成り行きによる深い絶望の奇妙な混ざり具合。すでにイヴを知っている私には彼の素敵な個性と感じられるところが、知り合った経緯が違っていたら鼻についていたかもしれない。

    伴侶がいるということは、自分では選ばなかったかもしれない出会いが開ける機会でもある。

    私より10歳近く上で20cmほど背が高いディディエとイヴがいると、子どもの頃兄が友だちを連れてきたときの感覚が蘇る。“◯鹿の妹”として可愛がられウザがられ、仲間に引っぱりこまれたり突き放されたり。お兄ちゃんの友だちというモノは来てよし去ってよしの存在だったが、兄を含む年上の男の子たちに守られ構われる感じが嬉しくもあった。

    明日イヴが帰ったら月曜日にはスペイン人の友だち夫妻がガキ二人連れて食事に来る。スペインの子どもは好き嫌いが多いので、何を作ろうかと悩んでしまう。最悪のシナリオで唐揚げもポテトサラダもダメだったら、アイスクリームいっぱい喰わせておこう。

    テーマ : 海外生活
    ジャンル : 海外情報

    おばあちゃん料理

    土曜のお昼ご飯に、在ロンドンの日本人女性とそのオージー彼氏が来てくれた。彼女はノルウェー時代からの長いつきあいで、私にとってはなんだか姪か妹のような存在だ。

    昨日夫と二人で「何作ろうかな」と考えていて、前菜は夫がスペイン風オムレツを作ると言った。じゃあ主菜は和食を‥‥と思って頭に浮かんだのが鮭の幽庵焼と菜の花の芥子あえ、炊き込みご飯だった。今朝になって、だいたい準備ができて時間が余ったので冷蔵庫を覗き「何かもうちょっと作ろうかな‥‥」。とりあえずもやしが目に入ったのでナムルを作った。まだ時間がある。じゃあ、クックパッドに載ってた人参を胡麻味噌でっていうのをやってみるか。

    結果、野菜の小鉢が3種類、魚と炊き込みご飯という、おばあちゃんの心づくしみたいな食卓になった。我ながら、歳だなあと思った。30代の頃は私も、張り切って和食と考えて思いつくのは唐揚げとかカレーとかだった。そっちの方が、和食初心者のオージー彼氏には食べやすかったかもしれない。でも、日本人の彼女が大喜びで食べてくれてとても嬉しかった。

    私、料理写真って撮らないので、実際どんな食事だったかは想像にお任せします。なるべく美味しそうに想像してね。

    テーマ : 国際結婚
    ジャンル : 海外情報

    喧嘩しないで!

    お昼時と午後の2回、珍しく声を荒げて夫婦喧嘩をした。原因は私の不注意事件(2件続発)。1回目の直後にネコが異様な高い鳴き声をあげて私にかかってきた。「イヤ!」という時の独特に張りつめた顔をしているので、引っ掻かれる前にかわした。2回目の時は、夫に甘えるそぶりをしていて不意にガブリと彼の手を噛んだ。甘噛みじゃなく、血が出るぐらい本気で。

    ネコは大きな声と不穏な空気にすごいストレスを感じたのだ。それを怒りに転化したのに私はちょっと驚いた。私が子どもだった頃、絶え間ない両親の諍いに私は傷つき、怯え、うんざりこそすれ、怒りは感じなかった。子どもが怒ったところでどうにもならないという、人間の子ならではの諦観だったのだろうか。

    実際、私が怒ったところで親は「子どもはあっちへ行ってろ」とだけ言って相互破壊を続けただろう。これが猫だったら、はたと考えたかもしれない。猫の圧倒的可愛さによる骨抜き力は、人間のジャリがかなうもんじゃない。

    夕食の時夫に、「ネコが怒ってたね」と言うと、「そりゃそうだろ。僕だって小さい頃、両親が喧嘩してると頭にきてオモチャの消防車で二人を叩いたりしたよ」。へえ? 人間の子でも、ストレスに怒りで反応する場合もあるんだ? 「それでご両親、喧嘩やめた?」「そこまでは覚えてない」‥‥。私の仮説を擁護するため、ディディエちゃん(3)の消防車ごときでは鎮火には至らなかったと思いたい。

    しかるに。私は人生の初めっからもっと怒った方がよかったのかな。自滅的というか鬱的というか、大人になってからの私はあまりバランスがよくない。それに比べ、時と場合によっては相手を怒鳴り散らすことのできる夫は、わりあい前向きで明るく生命力がある。親の喧嘩の震度と、その時感じた恐怖が私のほうが大きかっただけかもしれないけど。

    カズオ・イシグロ

    カズオ・イシグロは日系英国人作家。両親は日本人で本人も長崎生まれだが、5歳からイギリスで育った。日本語はカタコトで、両親を訪れた際に戯れに少し口にするぐらいだという。1954年生まれだからうちの夫と同じ年、ビートルズ、ヒッピー文化、学生紛争やベトナム反戦をリアルタイムで体験した世代だ。その時代の普通のイギリス中産階級の若者として、アメリカを放浪したり音楽に傾倒したりの青春を送った。

    イシグロの父は敗戦国日本から英国へ渡った科学者。カズオ少年は日本については未だ見ぬ「もう一つの国」と認識していたという。両親から聞いた日本のイメージを頭の中だけで膨らませ、その架空の日本を舞台に処女作と次作を書いた。以降、作品の舞台は一貫して西洋となる。

    ブッカー賞をとった『日の名残り(The Remains of the Day)』は貴族の館に仕える執事の超英国的な話で、第二次世界大戦前夜からほぼ現代に至る時の流れの中で「英国人性とは何か、尊厳とは何か」という問いが延々と繰り返される。イシグロの文章はものすごく緻密で一語一語が吟味され、回りくどいほど説明的なのだが、それが“執事”という律儀にして退屈、上品にして無学な存在を描き切ってあまりある。

    超あらすじ:真の英国紳士であるご主人様は第二次大戦前夜、真摯に考え抜いた末、親ナチス・ドイツ路線に傾いていく。忠実な執事は不穏に感じながらもひたすら主人に仕えて激動の戦中戦後を生き抜く。名声を失った主人が失意の中で亡くなった後、主人の罪に添い遂げてきた自分の人生は何だったのかと思い悩む。

    「ご主人様は悪いお方ではなかった。そしてせめて、生涯の終わりに、自分自身の間違いを犯したと言える特権があの方にはあった。勇敢な方だった。ある選択をなさって、結果的に道を誤った。それでもご自身でその道を選んだと、それだけは言うことができた。それにひきかえ私はどうだ? 信じ頼っただけ。ご主人様の英知を信頼しただけだ。ご主人様にお仕えした長い年月、自分のしていることに意義があると信じていた。自らの罪を犯しましたとすら言えないんだ。そのどこに尊厳があるというのだ?」"Lord Darlington wasn't a bad man. He wasn't a bad man at all. And at least he had the privilege of being able to say at the end of his life that he made his own mistakes. His lordship was a courageous man. He chose a certain path in life, it proved to be a misguided one, but there, he chose it, he can say that at least. As for myself, I cannot even claim that. You see, I trusted. I trusted in his lordship's wisdom. All those years I served him, I trusted I was doing something worthwhile. I can't even say I made my own mistakes. Really - one has to ask oneself - what dignity is there in that?"

    英国貴族と従僕の物語だ。しかしこの独白には、戦中戦後の日本人の歴史がそのまま映し出されていないだろうか。おそらく、イシグロの両親が遠い祖国を想い息子に語った長い物語が、反映されてはいないだろうか。くそ丁寧な語り口に、愚鈍と呼びたいほどの忠実さに、日本人の真面目さが読み取れないだろうか。

    決定的な違いは、この執事は英国人であることだ。個の尊厳をもたない使用人の身分に不条理を感じることだ。日本人はお上(幕府、軍隊、アメリカ、自民党、企業、村社会、拝金主義、やくざ、東京電力、世間様‥‥)に自分たちの尊厳をどれだけ踏みにじられてもさらりと水に流し、嬉々としてAKB48を眺め粛々と子どもを幼稚園にお受験させている。お上が,八百万の神が養ってくださる限りは。

    カズオ・イシグロが日本国籍を棄てたのも無理はない。

    注意:アンソニー・ホプキンス主演の映画版の主軸になっている執事と家政婦の便秘な恋は、原作ではサブストーリー的な扱いなので、そっちが読みたい人はかなり退屈するかもです。私としては、執事役はイアン・リチャードソンにやってほしかったなあ。

    テーマ : 書評
    ジャンル : 小説・文学

    プロフィール

    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

    引用・転載は原則として歓迎ですが、事前にご一報ください。どのような論旨・目的での引用・転載か、把握しておきたく存じます。

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