楽しい一日

    在ハイデルベルクのスコットランド人夫婦がお母さんと息子を連れて日帰り観光にやってきた。在デュッセルドルフの別のイングランド女性を交え、私たち夫婦と総勢7名でお昼に串亭へ。日本食に慣れた人もそうでない人もそれなりに楽しめる便利な店だ。

    みんな英国人だがドイツ語はできるので注文の世話もいらず、食べ物は和食、話は英語とあって、私はすっかりリラックスモード。社交を子どもの頃から叩き込まれている英国人は、知らない同士でも仲良くする術を心得ている。それにみんな長年外国暮らしの経験があり、同年輩とあって、けっこう身のある話を上手に振ってくる。

    イングランド女性はシンガポールに13年間駐在した後、今はデュッセルドルフのインターナショナルスクールで働いている。夫さんは日本企業に勤めていて、今はジャカルタに単身赴任だそうだ。イングランド北部の出身で訛りが強い。つまり労働者階級だが、イギリスを出てしまえばそんなことは障壁にならない。本人の頭とやる気で行きたい所まで行ける。在外英国人にはこういう人が多い。

    学校で世話をするいろんな国の子どもや親たちのことを話してくれた。日本の子どもには感心する一方面食らうことも多いと言う。頑張り屋。でもとても我が侭で幼い面もあるらしい。学校のチャリティーイベントでボランティアに来た子。「じゃ、あそこでジュース類を売ってね」と頼むと途端に表情が曇り、母親のところに行って日本語で文句を言いはじめた。英語のできる子なのに、イヤなことがあると教師と話そうとせず親に言いつける。親は“姫”の権利を守ろうと、ジュースを売らせないでくれとできない英語で言いに来た。そこでイングランドの彼女は「彼女と話させてください」と制し、子どもに言った。

    「あなたは、人を助けるイベントにボランティア志願してくれたんだよね。助けるってことは、自分のしたいことじゃなく、相手に必要なことをすること。助けたくないなら、それは尊重するから、帰っていい。助けたいなら、頼まれたことをしなさい。どっちにするか、決めて。どっちでも私は怒らない。あなたの選択を尊重する」。

    「この仕事が楽しいから、夫のジャカルタ行きに帯同しなかった」と彼女は言う。そりゃあ楽しいだろう。ヨーロッパの小都市に居ながら世界と接するんだから。「で、あなたは?」と私に訊く。私は‥‥「ノルウェーでの日本語教師の仕事は大好きだったけど、今の夫がスペインに住んでいた。仕事は辞めたくなかったけど、ノルウェーの雪と氷に埋もれておばあさんの塩漬けになる将来を考えたら、幸せにならなきゃと思って」。彼女は顔をほころばせて笑った。「そっかー、どっちか択一だったら幸せが大事よね。私はたまたま一石二鳥だったから、ラッキー!」

    スコットランド人夫婦は今娘が日本に留学していて、日本のことが話せるのが楽しくて仕方ないようだった。娘の話を聞いていて何故だろうと思ったことを私に訊いて、腑に落ちたり余計興味をもったり。80歳のお母さんは優しくて大人しくて、ロンドンに戻るのを楽しみにしているという私にロンドンのどんなところが好きなの、と尋ねる。「どんな顔つきや肌の色をしていてもガイジン扱いされないところ。イギリス料理は置いといて、世界中の美味しいものが食べられるところ。適当に汚くて、気を使わないで済むところ」。別れ際、にこにこと優しい微笑みを浮かべながら私をハグして、「イギリスを楽しんでね」と言ってくれた。

    滅多にないくらいとても楽しい一日だった。

    マイナスを足す Adding up losses

    会計とか簿記とか、私には神業のように思える職についている若い友人がブログに書いていた。“足し引きと言っても、簿記には実は「引き算」はなくて、「足し算しかない」のです。マイナスを足すとでも言うのでしょうか。人生だって、過去を引き算できなくて、みんなどうにか足し算だけで前に進んでいくしかないのです、決算に向かって”

    マイナスを足す。子供がいない私は、だから半人前だとよく評される。人間として決定的な欠陥らしい。一方で、「子がないということは、子を産み育てる経験の欠如である。しかしそれは、欠如を経験することでもある。それは子を産み育てることのできた人には得られない経験だ」と誰かが言っていた。

    欠損、欠陥、失敗、後悔、傷つくこと、痛むこと。それを経験することで、人は完成していく。完成と改善は同義ではない。負の経験を消すことはできない。それは全部積み重なっていき、プラスの経験と絡み合い熟成し、決算に向かうしかない。

    あえて言えば、空気がある時には人は空気のことを考えない。窒息しそうになってはじめてその大切さがわかる。その意味で、恵まれない、あるいはダメダメな人間は、そうでない人よりも幸せの意味が分かる。マイナスを足せば足すほどたまに入るプラスが光る。イエスが“心の貧しい人は幸いである”と言ったのは、そんな意味だったのかもしれない。

    A young friend who works in accountancy/bookkeeping, a profession which strikes me as superhuman, has written in her blog: "We speak of gains and losses, but really, in accountancy, there is no such thing as deduction. What there is, is "adding up losses." That applies to life as well, in that one cannot deduct the past, but can only keep adding up (losses and gains) towards the settling day."

    Adding up losses. Being childless, people have described me as never quite grown-up. It appears to be a fundamental defect as a human being. On the other hand, someone has said that the lack of the experience (of parenthood) is an experience in itself, of lacking it; this is an experience denied to all who do have children.

    Deficiencies, defects, failures, regrets, being hurt and feeling pain. One grows complete by experiencing all of these. Completion does not necessarily mean becoming better. We cannot delete the negative experiences. There is nothing we can do except to let all our negative experiences accumulate, intertwine with the positive ones and mature, towards liquidation.

    One feeble explanation might be that as long as there is air, we do not think about air. It's only when there isn't enough of it that we realise how essential it is. In that sense, the unfortunate or the good-for-nothings can appreciate happiness more than anyone else can. The more losses one adds up, the more the little gains there are, shine. Perhaps that was what Jesus meant when he said "Blessed are the poor in the spirit."

    アスペルガーとドイツ人

    夕べ観ていたテレビ映画 Gravy Train Goes East に、若いドイツ人のキャラクターが出てきた。優等生で理想主義なお坊っちゃま、作中で“Prince Stupid”と呼ばれている。

    EUがまだECと称していた1990年のブリュッセルを舞台に、革命で民主化されたばかりの架空の某東欧国家をめぐって西欧各国の思惑が錯綜するという話。民主化したとはいえ、市場経済をまったく理解していない政府と共産主義に骨抜きにされた国民、資源なし、インフラなしのボロボロ国家。この国のEC入りに難色を示す加盟国を尻目に、自分の利権がらみで加盟をゴリ押ししようとするEC事務長(フランス人)。この蛙じじいの差し金で、我らが Prince Stupid が某国に派遣される。

    お人好しな彼は、さまざまなトラブルに巻き込まれる。それとは知らずに重大な国家秘密を耳に入れてしまった挙げ句悪党に誘拐される。翌日釈放され、大統領との会見になんとか間に合った彼をねぎらって、大統領が「あらまあ、無事でよかったわ。いなくなったって聞いて心配していたんですよ(heard that you disappeared)」と言う。すると彼は真顔で「いえ、まあ、本当に消えはしなかったんです。存在してました(well, no, I didn't really disappear. I was there)」。大統領は「そのドイツ的厳密さ、いいわ〜!(I love that German precision!)」と笑う。

    チーン! と、私の頭の中でチャイムが鳴った。ロンドンの家をドイツ人に貸してすぐの頃、何かの用事で訪ねることになった。事前に電話で店子の都合を聞き、冗談まじりに「ドイツからソーセージでも持って行きましょうか」と言ったら、「いいえ、母がもうじき持ってくるので結構です」。

    冗談が通じない、字面どおりに受け取る‥‥。これ、ドイツ人の傾向であると同時に、アスペルガー症候群の典型的傾向でもある。そして、悪気はまったくないのだが、他者の気持ちが分からない、読めない。これも、ドイツでは目の前で誰かがすべって転んだりしてもさっと歩み寄って助け起こすような場面が異様に少ないことと、なんだか符合してしまう。「あ、痛そう」と感じる共感力が発達してないような。

    命令や規則を額面通りに受け取る、行間を読まない(読めない)、他者の痛みがわからない。あの歴史上の大教訓の前も後も、この傾向は変わっていないと見るのは酷だろうか。もしアスペルガー症候群の人のように、そういうふうに生まれついているのなら、それはもう仕方がないのでドイツは周りとギクシャクしながら共存していくしかないのだけど。

    この映画でのドイツ人は可愛らしく滑稽に描かれていて、ドイツ人が観たとしても気分を害しはしないと思う。同じくイギリス人、フランス人、北欧人、イタリア人もさんざんネタにされ笑われている。

    なんでそんな映画を観たかって? イギリス外務省の大ボケ代理人役で、イアン・リチャードソンが出ていたからに決まってるじゃありませんか!

    テーマ : 海外ドラマ(欧米・イギリスetc)
    ジャンル : テレビ・ラジオ

    怒りの鉄拳を受けて

    “性根の腐ったドイツ人”という表現に、もの凄い勢いで噛みついて来た人がいた。何処の何方か存じぬので通り魔さんと呼ばせていただく。ドイツで大学を出て10年働いているそうで、ドイツ語もできない私にドイツの良さがわかるワケがないと怒り心頭のご様子。

    住んでいるくせにドイツ語ができないこと自体については、常日頃からさんざんドイツ人に罵倒されているので、土下座しておく。西ヨーロッパ中ほぼくまなく住んだのに日本語と英語しかロクにできないのは褒めたものではない。

    事実上リンガフランカである英語がまともに(これ大事)できると、できるのがドイツ語やスペイン語、ノルウェー語だけの場合に比べ、他言語習得の切羽詰まった必要がなくなってしまうという事情は、酌んでほしいのだけどね‥‥。

    通り魔さんの論理だと、私にはスペイン、フランス、フィンランド、ドイツの美点が見えずイギリスノルウェーのそれはわかり、日本語の他にはドイツ語しかできない通り魔さんには、ドイツ以外わからないことになる。

    私はノルウェー語できたけどノルウェーの良さはあまりわからなかったなあ。そりゃ長年暮らした国だから懐かしさは感じる。友達も多い。でも、公平に考えて特別いい社会とは思わない。星目がちな理想主義と頑迷な田舎者根性が剥離したまま浮遊する、石油成金国家。日本も、育った国だし愛着はあるけど、二度と住みたいとは思わないし。

    言葉がそれほどできなくても、その土地の雰囲気は感じる。スペイン語ができなくたってスペイン人の声が大きいのはわかる。ドイツ人が短気で独善的なのも、長々と話し込まなくてもわかる。長々と話し込めばなぜ短気で独善的なのか理解はできるのかもしれないが、短気で独善的なのが変わるわけではない。

    ドイツ人の国民性のおかげで、製品が壊れないことやスケジュール通りに物事が進む(鉄道を除く)こと、清潔なことなど、いい面も享受した。なにより嬉しかったのは野良猫を発生させないシステム。しかし収支バランスを見ると、これ以上つき合いたい国民とは思えない。

    人生短い。私には、能率や分単位の時間厳守や車が来なくても信号を待つこと、ベランダに洗濯物を干さないことは重要ではない。規則じゃなく愛に基づいて行動しようと志すことのほうが大切だ。

    それぞれ自分の優先順位により適う国をより好きになるのは自然なことだと思うけど。通り魔さんはドイツに惚れすぎてドイツ人になろうと頑張るあまり、ドイツ人並みに短気で独善的になってしまったのだろうか。

    テーマ : ドイツ生活
    ジャンル : 海外情報

    今夜の猫

    IMG_0011 copy

    テーマ : 猫のいる生活
    ジャンル : ペット

    You might think that; I couldn't possibly comment.

    House of Cards という、政界を舞台にした半ばコメディ、半ば悲劇のドラマがある。今巷で騒がれているアメリカ版リメイクではなく、1990年代にBBCで放映されたイギリスのオリジナル版だ。実は私、このドラマの主人公が好きで好きでたまらない。

    House of Cards、To Play the King、The Final Cut の三部作になっていて、私がたまたまノルウェーから国外退去処分をくらってイギリスの義兄(当時)宅に身を寄せていた頃に最終シリーズをやっていた。あり得ない悪徳とそれが十分あり得る現実とが怖すぎ、可笑しすぎて、義兄と二人でテレビに釘付けになっていた。

    筋書きは単純明快。国会で縁の下の力持ち役をさせられてきた初老の男が、女のおだてに乗せられ野心を掻き立てられて、あらゆる画策を講じて首相に登り詰めその座にしがみつき、最後には自らの罪に押し潰される。『マクベス』『リチャード三世』の舞台を現代に移しただけと言っていい。直裁な質問を受けると必ず「そうお思いかもしれません。私には、とてもじゃないがコメントできません」とはぐらかす名台詞が大流行し、現実の英下院でも定番化した。

    この実に気色悪くも魅力的な男を演じたのがイアン・リチャードソンという舞台俳優で、まさにシェイクスピア劇のベテランだった。一見、色気という言葉の対極にある白髪と痩身の枯れた風貌。休日にはツイードの上にむさ苦しいワックスコートを着て狩りに興じ、寝るときには妻とベッドサイドテーブルを隔てたシングルベッドでパジャマを着て靴下を履くイギリス人。古めかしく慇懃無礼な話し方。にもかかわらず、序盤には観る者の唇の端にひきつった笑いを起こさせるだけのこの主人公が、第一幕の終わる頃には胃のむかつくような感情移入を起こさせる。hqdefault.jpg
    私の場合、偶然夫が白髪で痩せ形、薄い色の鋭い目という似たタイプなのと、自分の年齢が第一幕での主人公とそう違わないために、余計ツボにはまるのではある。そういえば最初に観た頃は、主人公に腹を抱えて笑い頭痛を起こしはしたものの、惹かれはしなかった。小説でも映画でも、同じ作品を人生の異なる段階で味わうとまったく違った風味になる。そろそろ、思春期に涙したカフカの『変身』を読み直してみる時期かもれない。

    アメリカ版はまだ観ていない。イギリス版FU(F... Y..の意図的ダジャレ)ことフランシス・アーカート(Urquhart、またダジャレ:irk=辟易させ、hurt=傷つける)にぞっこんの私としては、ケヴィン・スペイシーのフランク・アンダーウッドは多分気に入らないだろう。アメリカ版を先に観た夫の話では、原版の諧謔味は薄れ、もっとデフォルメされもっとお金がかかっているらしい。

    今しばらくは翻訳でお尻に火がついているので、消火作業が済んだらアメリカ版も観てみよう。

    テーマ : 海外ドラマ(欧米・イギリスetc)
    ジャンル : テレビ・ラジオ

    ブログ

    ブログ初心者の過ちをおかしてしまった。

    引っ越しにあたり家具を処分するのだけど、現地の日本語掲示板に告知を出して詳細はブログをご覧あれと、この個人ブログにリンクを貼ってしまったのだ。アクセス数が急上昇したのはもちろんだが、結果として自己開示すべきでない相手にまで自分を晒してしまった。運よく、悪意のあるコメントは一つだけだったが、いやはや、勉強になったわい。

    家具はまだ売っている。専用のメールアドレスとサイトをつくった。

    日本人は、もともと買い物に非常に慎重な国民だ。すごく時間をかけて商品を矯めつ眇めつ比較し、微細な点を理解しにくい英語もどきで質問するので、そういう買い物スタイルに慣れないヨーロッパでは店員に嫌がられたりもする。そこへもってきて、日本人同士のよしみで助け合うべしということか、かなりの値引きを期待される。駐在さん同士ではおそらくそうやってリサイクルの鎖ができているのだろう。環境に優しいのはすばらしいけど、持ちつ持たれつがあればこその話。駐在員社会から何の恩恵も受けるはずがない立場の私としては、出血ご奉仕するわけにもいかず。

    これではどうも埒が開かないので、ドイツ人向けサイトにも告知を出すことにした。キッチンを売った時も、日本語サイトからは反応が遅かったがドイツ語サイトでは即日、こちらの言い値で買い手がついた。

    ところでFacebookにしろブログにしろ、私の日本人以外の友人知人はほぼ全員、実名・写真を載せている。興味のある人しか見ないし、公人じゃあるまいし、たいした危険はない‥‥というノリ。私も同じようにしている。ぜんぜん知らない人から友達リクエストが来たりするが、無視すればいいだけのことで、今のところ実害はない。

    でも日本人は非常に用心ぶかい。用心しないと碌な目に遭わないのだろうか。日本語のブログやなんかを見るのは日本語の分かる人=日本人がほとんどのはずだ。ということは、ネット上の日本人は危険? うーむ。それはあるかもしれない。面と向かってはじつに当たりが柔らかいが、匿名性を獲得した途端にアブなくなる人々。それほど鬱屈した何かがあるのかしら‥‥。ナイスを演じることは、心にそこまで負担をかけるのだろうか。

    テーマ : ブログ
    ジャンル : ブログ

    プロフィール

    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

    引用・転載は原則として歓迎ですが、事前にご一報ください。どのような論旨・目的での引用・転載か、把握しておきたく存じます。

    最新記事
    最新コメント
    カレンダー
    プルダウン 降順 昇順 年別

    08月 | 2013年09月 | 10月
    1 2 3 4 5 6 7
    8 9 10 11 12 13 14
    15 16 17 18 19 20 21
    22 23 24 25 26 27 28
    29 30 - - - - -


    カテゴリ
    メールフォーム

    名前:
    メール:
    件名:
    本文:

    リンク
    フリーエリア
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR