本日の猫

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    タイ料理

    朝も早うから猫に起こされてしまった。半身フトン、半身オンナの頭をよぎる記憶。

    むかし、日本の片田舎で、夫と何を食べようか知恵を出し合っていた。タイ料理なんかどう、ということになって、ホテルの人に訊いた。

    夫:タイのレストランはありますか。
    ホテルの人:‥‥‥。
    私:あの、タイ料理のお店‥‥。
    ホテルの人:‥‥タイ、ですか。タイですよね。‥‥海鮮料理の店ならあるんですが、鯛専門のお店っていうと‥。
    夫と私の頭の中:???

    奢れる春

    フランス人のうぬぼれを見ていて思い出す詩がある。

    「むすめ二十歳 櫛に流るる黒髪の 奢りの春の 美しきかな」 ー 与謝野晶子

    はたちまで生きながらえるかさえ怪しかった娘が、身体だけは大人になり生意気に留学などしてロクでもない恋人を作り「私には失敗する権利がある!」と言い放ったとき、母はこの詩を口にした。ついこの間まで母が食べさせなければ自分の命さえつなげなかった子が、傲然と自立を宣言する。

    若いということ。あの根拠なき全能感。その圧倒的な生命力は、くやしいほど美しい。(だからフランスは美しい。)

    慰めは、誰しも若いときがあり、誰しもそれを失うことぐらいだ。

    私は自分のかけらもこの世に残すことができない代償として、自分の命を削って守り育んだ命が私を嘲笑し突き放し、他の誰かと結ばれていくのを見なくてすんだ。年老いて悲しみと悔しさと名残惜しさに苛まれる母を見ていると、つくづくそう思う。

    ママ、大好きだったんだよ。今も愛しているよ。ずっとママの子ではいられなかっただけ。

    食べ物、偏屈、原理主義

    拒食症(14〜18歳)やら菜食主義(25〜35歳)やら、自分から食べ物を制限する性癖があった私。とことん自堕落な自分がイヤでイヤで、ヘンなところで帳尻を合わせようとしていたとしか思えない。いきおい栄養分の計算方法や身体に良い・悪いとされる食べ物に詳しくなった。しかしロクな食べ物がないノルウェーという土地で原住民もアッと驚くビンボーをするうちに主義主張はどこへやら、燃料なら何でも口にするようになった。

    まあ、肉や脂っこいものが元々あまり好きじゃないし、化学調味料はなるべく使わない、自分で作れるもの(麺つゆ、ドレッシング、何々の素の類い)は作るぐらいのことは今でもしている。でもマクロビにはまったく関心がない。食養生も行き過ぎると宗教じみてくるから。

    お釈迦様はどうだったのか知らないけど、イエスはけっこう酒飲みで大食いで女好きだったらしい。「何を着るか何を食べるか、身体のことで思い煩うな」と言ったのは、「着るな喰うな」じゃなくて「こだわるな」という意味だったと思えば私には都合がよい(そうやって、イエスの言ったことをどいつもこいつも自分の都合のよいように解釈してきた歴史が神学なのよね)。

    夫の亡くなった前妻が癌を治したい一心でマクロビにはまっていた。自分で料理して食べたりマクロビ料理店へ行く分にはいいけど、そうじゃない普通の店でもあれ抜きこれ抜きと細かく注文し、その通りの料理が出てこないと怒るのには閉口したという。

    それって改宗した一代目クリスチャンみたい、と私は思った。先祖代々キリスト教の環境に生まれると、形骸化(なまくら化)し相対化できすぎてしまって、やり方の違う人にいちいち口出さなくなる。あ、違うのね、でおしまい。でも、辛いことから逃れるためにキリスト教にすがった人は、改宗前の自分を嫌うあまりそれを非キリスト教徒に投影して、他罰的になる。マクロビに改宗した元B級グルメさんとそっくり。

    ここで話がワープする。生まれも育ちも西欧のパキスタン人などで、社会的個人的にいろいろ難儀なことが重なって幻滅し、にわかにイスラム原理主義に走る者が少なくない。逆に、西欧白人で社会的‥(以下同文)、キリスト教原理主義(ペンテコステ派とか)に走る危険な born-again Christian も多い。ジョージ・ブッシュなんは典型だ。

    虎の皮を借りた猫とかってフレーズがあったようななかったような。自分の不甲斐なさと社会悪、自律と他罰。児戯めきたるすり替えが行われる。どうでもいい大義名分で小さな自分をごまかす。ついでに「お前らみんな死ね」とか言ってみる。

    14歳の私は、たぶんにそんな気持ちで食べるのをやめたのだが、幸いにして矛先が向かったのは私自身だった。

    私の無知と偏見

    私たちは小綺麗な集合住宅に住んでいる。マンションというかテラスハウスというか、四〜五階建ての棟が中庭を挟んで二つあり、各世帯が縦割りに2フロア使っている。うちは地下と一階、二階。上の住人は三階と四階という具合。ルーフバルコニーのある世帯もある。

    基本的には賃貸住宅なのだが、向かいの棟の真ん中二つの物件を購入し壁をぶち抜いて住んでいる小金持ちがいる。庭の垣根も取っ払って豪邸気分を満喫している。広い家が欲しいなら一軒家を買えばいいのに、なんで集合住宅? 一族郎党(赤ん坊、妊婦、夫の他に青少年数人、老夫婦、別の中年男女)が常時出入りしていて、本当は誰が住んでいるのか分からない。富と幸せのアピールは結構だが庭で肉を焼きまくる傍らで青少年が嬌声あげて遊戯に興じるのは、ありがたくない。それと、冬期庭を冷蔵庫代わりにビールや水のケース置き場にするのも、洗濯物干すのも‥‥ドイツ人にしちゃドイツの常識破りすぎ。

    そこでもたげる猜疑心。あの家族はもしかして、東ドイツから来た成金?

    私は東欧・旧ソ連(ポーランドを除く:理由は後述)人に対してけしからん偏見を持っている。今まで出会った人に、無知で傲慢で無作法な人が多かったから、恨みは倍返し(フッフ)。なんちゅうか、民度が低いのよ。

    急激な民主化で劣等感と自尊心が彼らの頭の中で引火して、西側白人社会にバカにされることが非白人蔑視に繋がっている感じもする。

    共産主義時代に偏った教育を受けたのは明白で、旧東ドイツではナチスについてもあまり教わらなかったそうだ。

    日本女性で結婚相手が在独ポーランド人というパターンをよく見かける。ポーランドは親日的で、私が接したポーランド人も日本人と知ると興味をもち親しんでくる人が多かった。なぜかヨーロッパではバカの代名詞扱いされているポーランド人だが、私の印象では文化芸術に造詣が深く哲学的で剽軽で温かい人が多い。

    ところで、ポーランド以外の東欧人、あるいは東欧どころかトルコ人、パキスタン人などを彼氏にしている日本女性も珍しくない。わざわざドイツに来て外国人とくっつくわけは国民性とは関係なさそうだ。要するに、(西)ドイツ人に相手にされないから。

    日本人は人種・民族・宗教の相克する環境に育っていないので無垢というか無知というか、「愛があれば」となるらしい。でも結婚してからバカの壁に突き当たっていらぬ苦労をする様もあまた目にする。壁を構成するのは、育った環境の経済的民度と宗教。今はドイツで普通に稼いでいても、我が隣人のように生き方が成金だったり一族郎党と同居だったり、結婚したが最後ハラル料理を習得し頭に被り物までしなければならなかったり。知り合いの東ドイツ人医師なんかは「オレ、医者」とあの猫の歌みたいに連呼してたっけ。あ、この歌知らない人は“おれ、ねこ”で検索してみてね。

    テーマ : 東欧
    ジャンル : 海外情報

    ロンドンへ里帰り

    一週間前だけど、用事で三日間ロンドンに滞在した。ガトウィックで夫と別れ、それぞれの用事へ直行。まずは、要領を得ない外国人でごった返すヴィクトリア駅へ。壊れた券売機の長蛇の列に並び、地下鉄に乗り、サウスケンジントンのフランス領事館へ。

    どこへでも徒歩で行けるデュッセルドルフに比べて不便この上ない街だが、なぜかストレスを感じない。外国人がモタモタしても地下鉄が止まってもノロノロ走る車がいても、誰も声を荒げないからだろうか。誰に何を尋ねてもわかる言葉で返事が返ってくるからだろうか。

    ドイツでの私は何かよく分からないことがあっても「英語で尋ねちゃわるいかな、ドイツ語で何て言うのかな、あの人アーリア人だな、やっぱりやめとこ」と躊躇ばかりしている。言葉の不自由に慣れすぎて自覚していないストレスを、それが取り払われた途端に感じた。イギリス、楽すぎる。

    どこの国でもガイジンは不便な存在。でもロンドンではその不便な存在がデフォルトになっていて、不便な奴同士で大都市の歯車を動かしている。必要悪=必要になっている。ヨーロッパの他の大都市で言えば、パリにも同じぐらい不便者がいるけどロンドンほどには受け入れられていない。ベルリンはもう少しリベラルなのかもしれないけど、フランクフルトなんかはどドイツだ。

    私がロンドンであんまりリラックスしていたので、帰ってから夫が「やっぱりゆくゆくはロンドンに戻りたい?」と訊く。う〜ん。できれば、ね。無理は言わないけど、ね。
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    テーマ : ロンドン生活
    ジャンル : 海外情報

    街角で阿鼻叫喚

    夕方買い物に出た。家の近くの交差点を渡ると、飛んで火に入る夏の虫。雑貨屋の前で突然、赤子を抱き幼児の手を握ったトルコ人女性が私に「助けて!(ドイツ語)」と縋る。見ると、もう一人の子供がドイツ人男性に片手を引っ張られ、母親らしきそのトルコ女性と私を交互に見つめて泣き喚いている。

    道路の真ん中には市電の停留所。傍観者が注視している。一番近くにいる他人たる私は、不運なことに臆病者でドイツ語もできない。この男は子供の父親? あるいは児童保護局かなんかの役人? とにかく、母親から子供を引き離そうとしている。それが正当な理由によるものかどうかは論点ではない。

    私が「ドイツゴワカリマセ〜ン」とか言っているうちに、停留所にいた女性がツカツカと道を渡ってきて「こっちおいで!」とトルコ女性と子供たちを雑貨屋に突っ込んだ。その後どうなったのかは知らない。20分後、買い物を終えた私が同じ道を戻って来ると、さっきの親子と別の女性が仲良く交差点を渡って行くところだった。

    私はなんであの時、泣き顔で訴えてきた女の子を両腕で受け止めなかったんだろう? ドイツ語できるできない関係ない。「こっちおいで!」と介入した女性は、ドイツ語分かる以前に、たぶん母親なのだ。他の母親と子供が苦しむのを黙殺しない“母の度胸”があるのだ。(経験上、ドイツ人はこういう場面でわりと冷たい。イギリス人のように見ず知らずの他人が困っていると自然に助けるという隣人愛はドイツ人一般には感じない。)

    母親でない私の愛情は空虚だ。好んで子なしの人生を選んだわけではないけど、そのために半人前扱いされることに憤りながら、それゆえに半人前な部分があると認めざるを得ない。

    アカの他人の阿鼻叫喚にドワワ〜ンと落っこちながら作った夕飯は、それなりに美味しかった。夫は2回もおかわりをしてくれた。私の愛情なんて、こんなちっぽけなものさ。へい、イカのトマト煮ケイパー入り一丁あがり。

    テーマ : 国際結婚
    ジャンル : 海外情報

    思いっきり詐欺

    アパート探し中の日本人女性がウェブサイト上で条件のいい物件を発見。サイトを通してドイツ語の問い合わせフォームを送ったところ英語で返事が来た。とってもフレンドリーなその家主は「イギリスに住んでいてMoneybookersという不動産業者を介して住み手を探している」とのこと。「その業者の代理人が下見に案内する。ついては、業者に事前にデポジットを払ってほしい。デポジットの入金確認後、代理人が連絡する」‥‥。

    この時点で腑に落ちないと感じた女性は私にメールのやりとりを見せてくれた。まず、自称英国人の家主の英語がヘン。次に、Moneybookersはイギリスの送金業者で不動産屋ではない。さらに、下見前にデポジットというのは順番が逆。ついでに、家主が何人であれ、ドイツの物件を貸すならドイツの業者を通すのが普通。だめ押しに、家主の名前がMax Freud(Max Fraud="思いっきり詐欺"に引っ掛けた駄洒落と思われる)、代理人の名前はナイジェリア人。

    でもシカ正直でお人好しの私では即断できないので、鉄の仲買人たる夫に訊いてみた。夫は「あ、そりゃ典型的な詐欺」。Moneybookersのサイトを探してみたら、よくある騙しに注意を喚起するページに、そっくりの手口が載っていた。

    良い子の皆さん、おいしい話にはくれぐれも気をつけましょうね。

    テーマ : 海外生活
    ジャンル : 海外情報

    プロフィール

    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

    引用・転載は原則として歓迎ですが、事前にご一報ください。どのような論旨・目的での引用・転載か、把握しておきたく存じます。

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