東ベルリン

    かつて東ベルリンだった街はすっかり様変わりしていた。ソビエト風の灰色の建物は健在だが、通りにはカフェが張り出し、若者受けのする無国籍レストランや「壁」がウリのミュージアムや街頭商売など、活気に溢れている。再開発されたポツダム広場の建築群は圧巻だ。

    東西ベルリンの唯一の接続駅だったフリードリヒ通り駅 Friedrichstraße から伸びる目抜き通りはデュッセルドルフ(金持ちの街)顔負けのピカピカの高級店が軒を並べていた。私は昔、免税品のタバコを買うためにわざわざこの駅へ出かけていたのだけど。あの頃、お年寄りは親戚に会うために東ベルリンを訪れてよいという制度があった。老人ホームで皿洗いと引き換えにタダ飯を得ていた私は、一人で公共交通機関を利用するのが不安だから連れて行ってほしいという入居者に同伴して、時々この駅を訪れた。一緒にSバーンに乗って国境である改札口まで送って行き、数日後同じ改札口へ迎えに行く。ドイツ語がわからずニコニコするばかりの外国の小娘にお年寄りは感謝して、チョコレートやお小遣いをくれた。

    さて、西ベルリン。伸び盛りの東との対比のせいか、むしろ退廃を感じた。20数年前とまったく変わらないメルセデス・ベンツとバイエルの巨大ネオンが、時が止まったかのような錯覚を起こさせる。映画『クリスチーネ・F』(1981)で有名になった動物園駅 Bahnhof Zoo はターミナル駅としての役割を新しくできた中央駅 Hauptbahnhof に奪われ、あの映画にふさわしい場末の様相を呈している。クーダム Kurfuerstendamm も、カイザー・ヴィルヘルム記念教会が改修中とあってか生彩を欠く。小犯罪グループが、路上数メートル間隔でマッチ箱を使った賭博ゲーム詐欺をはたらいていた。ひっかかるバカの多いことったら。

    ドイツ統一は一見スムーズに進んだようだが、東に莫大な資本を投入し巨額の援助をしてきた西には、複雑な思いもあるようだ。メルケル首相は東出身だし、壁の崩壊後に生まれた人たちがすでに大人になっている今、東西という発想そのものが時代遅れなのかもしれないが。

    テーマ : ドイツ生活
    ジャンル : 海外情報

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    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

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