青空に浮かぶ雲

    実りの秋の青空にイヤ〜な雲が漂っている。

    今があんまり幸せなので
    その前があんまり不幸せだったので
    もうちょっといい思いしていたくて
    せめて本当の冬が来るまでは秋が続くはずなのに
    神様あんまりケチケチせんといてぇな
    というような気持ち。

    あの雲、スペインかどっかへ、飛んで行け。

    命令に従っているだけです

    昔のTVドラマ『ホロコースト』(1978)にドルフという小男のSS将校が出てきた。甲高い金属質な声で「命令に従っているだけです」と言っては残虐の限りを尽くすのだが、実は小心者で本当に悪気はないというコワ〜い役。
    dorf

    ドイツ人は信号を守る。車のくの字も走っていなくても、歩行者用信号が青に変わるのをじいっと立って待っている。今日私は、この重大な掟を破って静まり返った赤信号を渡りはじめた人(私じゃないよ、私は渡ろうかな〜と思ってただけ。思っただけでも悪い?!)を、対岸の数人がこぞって咎め立てるのを目撃した。何に怒っているかというと、「あぶないわよ」なんてことではなく、命令に従っていないことなのだ。

    私は実は、ドイツ人にとっては、ことの善し悪しよりも決まりに則っているかどうかのほうが大事なのではと怪しむ。ちょうど日本人が、善悪より人様がどう思うかを気にするように。

    ドイツの日常生活は決まり事で溢れている。共同住宅では生活音を立てていいのは朝7時から夜10時まで、それ以外の時間帯はシャワーも禁止とか、地域によって違うがいろいろある。そして決まりをみんなよく守る。ところが、時間帯に関わらず家の外(路上)で騒音を立ててはいけないという決まりはないらしい。そんなわけでウチの面している通りなど夜の3時4時でもなかなか賑やかで、耳栓必須でござる。最近サッカーのユーロカップでドイツの調子がいいので、夜毎の宴にも輪がかかっている様子だ。

    まあね、命令には従っているんだものね。命令増やすしかないよね。

    いただく・くださる

    発言小町は怖い世界なので、低姿勢を心がけて書き始める人が多い。

    1「トピを開いていただきありがとうございます」
    2「トピを開いてくださりありがとうございます」

    このふたつ、ニュアンスが違う。
    1:トピを開いていただいた→私がいただいた→隠された主体は書き手自身。
    2:トピを開いてくださった→あなたが開いてくれた→言外の主体は読み手。

    何かを賜るのは、与え手の判断であり特権であり、もらう側は受け身でしかあり得ない。こうしてくれて嬉しい、という反応はあり得るが、感謝の対象はあなたの行為であって私の反応ではない。1は、正しいようでいてズレているのだ。

    日本語では、丁寧を装った自己中心な物言いが増えている。敬意の対象を履き違えたのか、漠然と払っていれば対象が何だろうと構わないのか。「あげる(私からあなたへ、上方向)、くれる(あなたから私へ、下方向)」という概念が死にかけている。give/take だけのことなら、不自然なへりくだりはいらない。なのに敬語・謙譲語の形骸だけ残そうとするから、「いただきありがとう」のようなことになるのかもしれない。

    主体が曖昧といえば、ここ10年ほどの間に定着してしまった『(あの店で)納豆が売っている』の“が”。納豆が自分自身を売っているのか? 納豆“が”店によって“売られ”ているのか、店“が”納豆を“売って”いるのかのどちらかだろう。

    言葉は時代とともに変化していくものにしても、頭の悪い方向にばかり変化していくのは見ていて情けない。

    テーマ : ことば
    ジャンル : 学問・文化・芸術

    東ベルリン

    かつて東ベルリンだった街はすっかり様変わりしていた。ソビエト風の灰色の建物は健在だが、通りにはカフェが張り出し、若者受けのする無国籍レストランや「壁」がウリのミュージアムや街頭商売など、活気に溢れている。再開発されたポツダム広場の建築群は圧巻だ。

    東西ベルリンの唯一の接続駅だったフリードリヒ通り駅 Friedrichstraße から伸びる目抜き通りはデュッセルドルフ(金持ちの街)顔負けのピカピカの高級店が軒を並べていた。私は昔、免税品のタバコを買うためにわざわざこの駅へ出かけていたのだけど。あの頃、お年寄りは親戚に会うために東ベルリンを訪れてよいという制度があった。老人ホームで皿洗いと引き換えにタダ飯を得ていた私は、一人で公共交通機関を利用するのが不安だから連れて行ってほしいという入居者に同伴して、時々この駅を訪れた。一緒にSバーンに乗って国境である改札口まで送って行き、数日後同じ改札口へ迎えに行く。ドイツ語がわからずニコニコするばかりの外国の小娘にお年寄りは感謝して、チョコレートやお小遣いをくれた。

    さて、西ベルリン。伸び盛りの東との対比のせいか、むしろ退廃を感じた。20数年前とまったく変わらないメルセデス・ベンツとバイエルの巨大ネオンが、時が止まったかのような錯覚を起こさせる。映画『クリスチーネ・F』(1981)で有名になった動物園駅 Bahnhof Zoo はターミナル駅としての役割を新しくできた中央駅 Hauptbahnhof に奪われ、あの映画にふさわしい場末の様相を呈している。クーダム Kurfuerstendamm も、カイザー・ヴィルヘルム記念教会が改修中とあってか生彩を欠く。小犯罪グループが、路上数メートル間隔でマッチ箱を使った賭博ゲーム詐欺をはたらいていた。ひっかかるバカの多いことったら。

    ドイツ統一は一見スムーズに進んだようだが、東に莫大な資本を投入し巨額の援助をしてきた西には、複雑な思いもあるようだ。メルケル首相は東出身だし、壁の崩壊後に生まれた人たちがすでに大人になっている今、東西という発想そのものが時代遅れなのかもしれないが。

    テーマ : ドイツ生活
    ジャンル : 海外情報

    日欧きれい好き対決 License to Clean

    ドイツ人の台所はピカピカにきれいだ。いちばんの理由は料理をしないから。食べることに熱心な国の台所はえてして汚い。中国、日本、フランス(この順番で)。イタリア、スペインは例外か…普通の家でも家政婦さんがいてきれいにしているので。ずぼらな国民性のイギリスでさえ、台所使用頻度と重度が圧倒的に低いので、比較的きれいなのだ。

    理由はほかにもある。「きれい」の概念がちがう。

    日本人は細菌恐怖症だ。他人が触れたと思われるモノは除菌ティッシュで拭きまくり、他人が吐いた息は危険なのでマスクをつけて歩く。家の中は土足厳禁。犬のフンや他人のツバや公衆便所の床の上を歩いてきた靴のままあがるなんて、あり得ない。皿を洗って何度もすすぎ洗濯物を除菌し、これでもかと清潔を期す。そのくせ家の中はゴチャゴチャしている。床にモノを置いているからルンバも使えないし、「しまう」ということが面倒なのか嫌いなのか、食卓に調味料のビンが常に放置してある家も多い。

    対して、ヨーロッパ人は整頓好き。たいていのオフィスや家は日本人のそれに比べて片付いている。一見すっきりしていれば、目に見えない汚れは気にしない。靴をはいた子供がバスの座席に立ち、スーパーのトロリーに乗っている。昼時には若いきれいなお嬢さんが地べたに座ってパンを食べている。調理台を拭いた布巾でそのままテーブルを拭き、ろくにすすぎもせず濡れたまま蛇口にひっかけておしまい。滞欧年月が浅いころ、私は台所にあるはずのないぬか漬けの匂いが漂うのに悩み、その源がこの濡れ布巾だと突きとめて青くなったものだ。

    カエルと私の家は……家政婦さんいないし……日本の平均的おうちより3割ぐらい片付いててヨーロッパ平均より3割散らかり、ヨーロッパ平均より3割清潔で日本平均より3割不潔かな?

    テーマ : 異文化を楽しむ!
    ジャンル : 海外情報

    へりくつ

    子供の頃私は、兄と喧嘩しては泣かせていた。冒頭に「お兄ちゃんは年上で男なんだから、腕力を使うのは反則!」と妹に釘を刺され文字通り手も足も出ない兄をさらに追いつめながら、自分の口から滔々と流れ出る詭弁に「これって屁理屈だよなあ」と呆れていた。

    そんな私もフランス人の屁理屈には太刀打ちできない。やつの言い分を私の頭は「筋は通っている」と処理するがお腹は「んな無茶苦茶な」と叫んでいる。私の臓器がそんな不毛な共食いをしている間にやつの論理世界は絶妙なワープを繰り返し膨張し、数分後、パンチドランクで妙に高揚した私は「そうか、お兄ちゃんはこんな気持ちだったんだ‥」と贖罪の捻れた達成感にひたるのみである。

    なので、私はフランス人相手には極力口喧嘩をしない。腕力行使も論外なので、つまり喧嘩をしない。夫婦仲がよいと評される裏には、こんなワケもあるのですよ。

    ところで、以下蛇足(子供時代の兄との共作。原典はルカ福音書)。

    12歳のイエスは両親とのエルサレム旅行の帰路に姿をくらました。三日間血眼になって探した父母は、首都の神殿でお偉い坊さん方相手に神学論議を飛ばしている息子を発見。安堵のあまりキレた母マリアはイエスを叱りつけた。
    「どうしてこんな事をしてくれたのです。ごらんなさい、おとう様もわたしも心配して、あなたを捜していたのです」。
    するとイエスは言われた、
    「どうしてお捜しになったのですか。わたしが自分の父の家にいるはずのことを、ご存じなかったのですか」。
    母は言った、
    「屁理屈言うんじゃありません」。
    イエスは答えて言われた、
    「へりくつってどんな靴?」
    母は答えた、「それを屁理屈と言うのです」。

    テーマ : 夫婦二人暮らし
    ジャンル : 結婚・家庭生活

    プロフィール

    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

    引用・転載は原則として歓迎ですが、事前にご一報ください。どのような論旨・目的での引用・転載か、把握しておきたく存じます。

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