ベッド逝く

    フィリップ‥‥八泊九日の後、去った。

    骨盤骨折の後遺症と関節炎という超重度な持病もちとは知らなかった。おまけにアメリカ式肥満体。それでデモ行進だの観光だの旧友めぐりだので歩き回り飲み回ったから堪らない。結局うちに滞在した期間のほとんどを泥のように眠って過ごした。文字通り、泥のように。

    そして客用寝室の安いIKEAのベッドは巨体の重みに耐えかねて壊れてしまった。客用バスルームもすごい有様で、鼻つまんで掃除した。リネンは90℃で二度洗いしてやっと白くなった。客人が自分で食べようと買ってきた食べ物で冷蔵庫はパンパン、食べるのか食べないのか分からず作った夕食はゴミ箱行き。

    天才なのかどアフォなのか。傍若無人、無神経、不潔、無作法。なのに優しくて面白くて愛嬌たっぷり。徹底的に壊れて(というかワザと壊して治らなくなって)いながら、育ちの良さが垣間見える。

    イギリスの中流上層以上って、どいつもこいつもイカれている。イカれ方が千差万別なので形容し難いけど。

    さようなら、ベッド(また買わなくちゃね)。さようなら、フィリップ(もう来なくていいよ)。明日からの週末はノルウェーの友達が泊まりに来る。すまん、床に寝てもらうよ。

    男と男

    アメリカの友人フィリップが来訪中。正確にはイギリス人だがアメリカに渡って長いので言葉も立ち居振舞いもアメリカ人化している。一緒に居て恥ずかしいぐらい声が大きい。

    生業は精神科医、本人もかなりクレイジー(精神科医にありがち)だが根はとても優しい。イギリスでいい家の坊ちゃんだけが行く寄宿学校で育ったので当然の帰結のごとくゲイだ。実はこのフィリップ、私の前夫の弟。私はもちろん前夫とは一切交流はないが、元義家族とは何の確執もないので、たまに往き来があるのだ。

    さて、彼の今回の帰英目的は、Brexit 反対デモ参加。ついでにフランスに寄って、Brexit 発効前の土壇場に永住権を申請してしまう予定だという。フランスに所有する家があり、精神科医として開業すると申告すれば取れるはずなのだそうだ。

    Brexit 反対の共通項とフィリップがフランス大好きなのも相まって、フィリップはディディエ(夫)がえらくお気に入りだ。お互い頭もいいので話は弾む(ディディエがいささか引き気味ではあるけど)。男と男の話なので知らんがなというか、残念ながら夫にその傾向はないので心配しようもないけど、フィリップはこういう出会いを常々経験して黙って処理しているのだろうなと思う。不便には違いない。

    そんな下世話な話は置いといて、アメリカとイギリス、イギリスとヨーロッパ、ヨーロッパとアメリカというそれぞれに別な局面を一度に垣間見る日々は興味深い。日本ではそれ全部を十把一絡げにに欧米と呼ぶのだが、どれも互いに似ても似つかない、独特の歴史の必然に形造られた繋がりだ。

    男と女、女と女、男と男のように。

    へフェリン

    「日本とドイツしか知らない小娘が、欧米ではどうのと一括りに知ったかぶりで上から目線で鬱陶しい」。

    サンドラ・へフェリンという人を嫌いな人はみんな思っていることのようだが、私も全く同感だ。

    ドイツではヨーロッパではと、そういう人を出羽神(デワノカミ)と言って昔から煙たがられているの、知らんのだろうか。

    ハーフで綺麗じゃない人なんて実物大勢知ってるからわざわざ出てきて見て見てしてくれんでもよいし、ガイジン様ハーフ様の御言葉なんて、昭和の日本じゃあるまいし読売新聞もいつまで有り難がってるのやら。

    無期限在留許可

    Settled Status (Indefinite Leave to Remain under EU Law) という名目の、イギリスにずっと居てよいというお墨付きをもらいました。これと Permanent Residence Permit (永住許可)がどう違うのか、非常に気になるところです。

    ところで、在留許可とはまるで関係ありませんが、インフルエンザには気をつけましょう。とくに日本で抗生物質をあたかも万能薬であるかのように処方されてきた私の世代のみなさん。インフルエンザは風邪と同じくウィルス感染症なので抗生物質が効きません。なのに無駄に抗生物質を投与されてきた私たちは、風邪やインフルエンザで弱ってる時に細菌に感染した場合(肺炎とか)、ここぞとばかりに出番のはずの抗生物質が効かなくなってます。

    私フツーのインフルエンザで40度超えの熱が三日出て下がったのですが、その後の咳と38度台の熱が治らず、3週間ほとんど食べられなくて、衰弱してしまいました。もともと更年期太りで人生初の若干ふっくら体型になってたおかげで、骸骨化は免れてますが。たまに太っておくのも役に立つんですねえ。この無為な苦しみ、ここ1年で3度目です。

    50代も後半になると、見た目は若い頃より丈夫そうでも中身は確実に弱ってます。免疫も筋力も何もかも。痩せるとまず筋肉が失せます。目立つところの脂肪は最後まで残ります。だから誰も同情してくれません。自分では辛いです。辛い時面倒見てくれるのは自分だけなので(マジ夫とかいてもそういう役にたつものではない。妻ならまだマシかも)、同世代のみなさん、病気にならないよう本当に気をつけましょう。

    捕鯨反対デモと旭日旗

    パスポートを更新しに大使館へ行った。バッキンガム宮殿に近い一等地。道路を挟んで大使館の目の前にデモの一行が陣取っていた。


    大使館警備の黒人(なぜかロンドンでは警備員の殆どが黒人)のおっさんに「あれは何の騒ぎ?」と尋ねたら「クジラ」と諦め顔。「あー、あれね。日本政府のとんでもないsend-upだよね。なんでワザワザ今。鯨肉食べないといられない人なんて日本に殆どいないのに」と返したら、「そうなんだ? 鯨、食ってないの?」と真顔で訊く。「私が最後に食べたのは学校給食だから、1975年ごろかな? ノルウェーじゃ、今でも普通に見かけるけどね」と言うと、「そうなの?????」。


    デモといっても10人いたかどうか、この寒空にご苦労なこったと思った。スローガンのようなものを叫んでいたけれど、英語なのか日本語なのかも判然としなかった。ただ旭日旗を掲げていたのが気になった。


    例えば、今ドイツ政府が何かやらかしたとして、反対デモに鉤十字を掲げるだろうか。旭日旗を突きつけられて、今のドイツ人がいきなり通り魔的に「ナチ!」と呼ばれるような心地悪さを、日本人として受けるのは過敏なのか。安倍は確かに右翼だが、だからと言って捕鯨と日本帝国主義が直結するのか、私にはその場で判断できなかった。


    日本の現実として、捕鯨は不必要だと思う。昔、日本の食文化の一部だった鯨が、戦後日本が飢えていた時期に、貴重な動物性蛋白源として重用された。その後飽食の時代となり、動物性蛋白質そのものの過剰摂取すら問題になる今、ワザワザ鯨を食するのは酔狂でしかない。それが日本の国際的立場を危険に晒すのなら、さっさとやめてしまえばいい。捕鯨によって暮らしている少数の国民には、代わりになる生計手段を政府が提供すればいいのだ。


    男系男子が皇位継承するのが「日本古来のしきたり」なことだけを理由に女性天皇を認めないのも同様で、共働きが当たり前の日本の現実にも即さず、今の国際社会においてはワザワザ悪評を買う以外の意味がない。


    それはさておき、なぜ「日本」の「捕鯨」がこうも騒がれるのか。


    捕鯨国は日本だけではない。先述のとおりノルウェーでは、冷凍の鯨肉を売っていないスーパーを見たことがないぐらい普通に食されている。日本の人口がノルウェーの20倍以上としても、日本人一人当たりの鯨肉消費量がノルウェー人のそれと同等以上とは信じられない。


    地球環境保護の視点では、絶滅に瀕する(?)鯨の捕獲より、牛の放つおならメタンガスの方がよほど有害だ。鯨が知能の高い動物だから食べるべきでないなら、より賢く生理的に人間に近い豚がこれほど食べられているのをどう説明するのか。


    しかしノルウェー大使館前で捕鯨反対デモという話も、シーシェパード構成員がベジタリアンという話も、聞いたことがない。


    世界中から集まった観光客や居住者が通りすがるロンドンの目抜きで日の丸を掲げる館の前で、旭日旗を振り罵声を上げることの効果は、小さくはない。そして私のような、その場に生きる個々の日本人も少し心を傷つけられる。


    日本は、薄氷の上を歩いているのだ。国際社会において先進国として、犯罪率の低い正直な国民として、テクノロジーとサブカルチャーの発信地として、一目は置かれている。でも薄い氷の下では、第二次世界大戦敗戦国そして非白人非キリスト教国として、何か一つやらかせば寄ってたかってボコボコにされかねない、脆弱な足場しか築いていない。安倍はその辺を分かっているのだろうか。


    過去と現在、そして未来が、三つ巴になってゴロゴロ喧嘩する街角で、シカも歩けば棒に当たり蹴つまずいてまたぞろ顎の骨を折らぬよう、気をつけないと。

    母の愛

    流行りの漫画『夜回り猫』で、「もし来世があるなら、次は誰と結婚したい?」というような娘の問いに母が「やっぱりお父さんと結婚する」と答える場面がある。ええっ、なんでと驚く娘に母は「そうすればあなたに会えるから」と。

    これと全く同じやりとりを、私は母としたことがある。「パパと結婚したおかげでみっちゃんに会えたから、後悔はしていない」と。

    冷たい雨の降る月曜の朝、7時半に電話が鳴った。夫は出張中。まだ眠っていた私は留守電が流れるままにしていたら、変な音がするだけで切れてしまった。それが2回続いて、いよいろ何だろうと起き上がったところでドアベルが鳴った。

    血の気を失くしたミッツィが立っていた。出勤前だったのだろう、お化粧して赤い口紅に長い黒髪が雨に濡れて、触ったら壊れそう。「ミチ、ママが倒れたの!」。背後を見たら、ロブが立っていた(ロブ&ジェヴィとミッツィは同じ建物に住んでいる)。我に返った私は「車? わかった、今キー渡すから」と言って慌てた。夫がいつも置いている位置にキーがない。何のこっちゃ、玄関の靴箱の上にあったのだが、見つけるのに1分かかったろうか。15分にも思えた。ロブにキーを渡した時、ミッツィの姿はなかった。「あの状態で運転できるかな」とロブ。「だよね。あなた運転できる?」「うん。でも‥‥」。

    夫の車は、夫本人のほかにミッツィも運転者として保険に入っている。私たちが長く留守にするときにバッテリーが上がらないよう時々使ってもらうべく、以前からそうしてあるのだ。でもロブには保険をかけていない。イギリスでは、無保険のドライバーによる事故が多くて、取り締まりがとても厳しいのだ。

    「あなた保険かかってないんだよね」「そうなんだ」「いいから、とにかく注意深く運転して」。ロブは頷いてミッツィを病院に連れていった。

    10時半ごろ、ロブとジェヴィが帰ってきた。「間に合わなかった」。病院までは距離にすれば少しなのに朝の渋滞で時間がかかり、8時半に着いたときにはお母さんは既に亡くなっていたという。お母さんは60代、一見なんの病気もなかった。通勤途上のバス停で倒れ、一緒にいたお母さんの夫(ミッツィの継父)ロンと救急車で運ばれたらしい。

    ミッツィは病院に残り、そのままロンと一緒にお母さんの家に帰った。ロブ&ジェヴィも私も、最愛の人を亡くした者同士が一緒にいるのはひとまず安心と思った。

    それっきり、ミッツィは自宅に戻っていない。毎日お母さんの遺体に会いに病院に行くにはロンの家からの方が近いので、と。月曜の朝に亡くなって木曜の今日、やっと死亡届を出し葬儀屋を探し始めたという。日本では亡くなって割とすぐに遺体は遺族か葬儀屋が引き取ることになっているので、イギリスの病院ではそんなに何日も保存してくれるとは意外だった。

    ミッツィとお母さんの関係は特殊だった。アイルランド人のお父さんが最低な人だったのと、リバプールというマッチョで乱暴な土地柄も相まって、ギリシャ移民の肝っ玉母さんと聡明な娘は、一卵性母子としか言いようがない密接な絆で結ばれていた。50歳近くにもなってママが唯一無二の親友だなんて不健康、とも言える。でも私にはよく分かる。

    もともと頭の程度と波長が合う母娘が、最低な夫・父に苦しめられる年月に培う絆は、生存のための同盟であり拠り所でもある。そして夫という敵から我が子を守り抜こうとする母の愛は、本能に過ぎないけれども、凄まじく強烈だ。私の場合は、母のその愛だけが拒食症で自分では生きる力も意思も失っていた私を生かし、成長させた。

    それだけの愛を注がれた記憶は、その母自身が遠くにいても、年老いても、“役”に立たなくなっても、自分が一人で、あるいは他の誰かと結び合って生きて行く力を身につけても、消えることがない。私は誰かにとことん愛される値打ちがある存在なのだと、絶対的な肯定感を与えてくれたのは、母の愛なのだ。

    私にとっては、母がいなくなる前にそれに代わる存在になる夫を見つけたのは、幸運でもあり計画的行動でもあった。

    ミッツィには、その“代わり”がいない。

    この世でたった一人、底なしに愛してくれる存在を失ったミッツィの気持ちは、想像するだけで辛い。月曜に日本へ発つ前に会えそうもないので、メールを送った。

    「私には、あなたの悲しみも痛みも取り去ってあげることはできないし、何物もあなたの失くした物の代わりにはなれない。お母さんがあなたにとってどれだけ大きな存在だったか、私には想像することしかできない。でも、ただ、私たちもあなたを愛していること、雨の中で、あなたの側にいたいって思っていることを、忘れないで。毎日その日を生きて。自分に優しくしてあげて」

    「ああミチ、ありがとう。今日はひどい1日だった(中略)。あなたの優しい言葉でどれだけ救われるか」という短いメールが返ってきた。

    他者の想いを受け止められること、自分の嘆きを露骨に表現できること、その辺から見て、たぶん、ミッツィはこの危機を乗り越えられるのではないかと思う。だって、あのお母さんの娘だもの。
    プロフィール

    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

    引用・転載は原則として歓迎ですが、事前にご一報ください。どのような論旨・目的での引用・転載か、把握しておきたく存じます。

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