食べ続ける獣(父)

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    You は何しに日本へ

    昨年末から父が胃に穴が空いたとかで入院し、緊急手術後10日ほどで退院したものの食欲はおろか水も飲めない状態で衰弱し再入院となった。

    これはすぐ日本へ行かにゃならんのかと思ったが、兄との連絡でまあ大丈夫らしい、胆嚢が悪いとかて3月に摘出手術をするという話だった。まあどうせ3月には日本へ行くのだから、それまで無事でいてくれればと思っていた。父の入院中、母の手助けも必要だろうし。

    さて、日本に着いてみると、激痩せしていたはずの父は丸々と太っていた。こいつは人間か? サイボーグか?

    一日中座っているか寝ているのに働き盛りを軽く凌ぐ食欲と飲酒量も変わっていない。そして夕食時、私が食べるつもりだった餃子に手を伸ばしながら、「今はべつにどこも痛くも痒くもないから、医者に頼んで手術を延期してもらった」と宣う。できればせずに済ませる魂胆まで見え見えである。

    You は何しに日本へ?

    この機会にとばかりに喪服まで持って飛んできた娘は、落胆のあまり一日起き上がれなかった。

    ミッツィ

    子を産めなかったことで自己憐憫に浸っていて、ふと思い出した。日頃親しくつきあっている友達のうち、3組5人が子なしだ。オージーとフィリピーナのロブ&ジェヴィ、リバプール出身のミッツィ、そしてオージー夫妻のクリス&ジュリー。

    ミッツィは、40代後半のギリシャ系イギリス人。アイルランドの血も入っているので、小柄で黒髪だが肌が白く緑色の目をしている。ものすごく明晰で独立心が強くて、でもどこか破綻していて、魅力的な女性だ。エイズ予防専門の社会科学者で大学で教鞭をとる傍ら、南アフリカで実地活動をしたりの研究を続けている。リバプールの下町で移民でシングルマザーのお母さんに育てられた。ミッツィは実は30代まではウェイトレスだの事務員だの、どうでもいい生き方をしていた。ある日いきなりアホくさくなって、「私って頭いいんだしと思って」大学に入り、進路をガラッと変えたそうだ。

    今でも、政治や社会を酒の肴に、鋭い舌鋒の合間にスカウズ(リバプール訛り)のお下品なフレーズが飛び出す。私が男だったら惚れていたに違いないそんな彼女がなぜ独身なのか、訊きたいのは山々だが躊躇している。ただ、彼女が仕事帰りに何かの用事でちらっと寄った時なんかに「よかったらワインでもどう? ごはんも、ちょうど作ってたから食べていく?」と声をかけると、喜んで入ってきてくれる。飲みっぷりは私と負けず劣らず、やっぱりちょっとは寂しいのかなと思う。

    独立を何より尊ぶ彼女は、うちと同じ宅地の綺麗な中庭つきフラットを買って一人で住んでいる。時々友達が泊まりに来たりはしているが、誰とも一緒に暮らす気はないと言う。今は近くに住んでいるお母さんが唯一無二の親友で、休暇には一人で世界中の秘境を歩き回っている。学者とはいえフリーランスの立場は決して安定したものではなくて、仕事の狭間にはうちでワイングラスを傾けつつ心配顔を見せることもある。

    だけどエイズ関連での彼女の業績は、はっきり言って人類の幸せに大きく関わることだと思う。彼女と知り合えて心から喜んでいる人は私だけでなく、ずいぶん大勢いると思う。子供を産まない女性には生きる資格がないとどこかの政治家が言ったからって、ミッツィの価値が一ミリも減りはしない。‥‥私についても同じくとは言い難いのがツラいところだ。

    お姉ちゃんのまま老いる私

    夫が息子夫妻とスカイプで長話をしていると思ったら、ニコニコと頬を紅潮させて食卓についた。10月に、息子夫妻に赤ちゃんが生まれるのだ。

    10月は夫婦で日本へ行く予定だったが、予定変更して赤ちゃんの顔を見にカリフォルニアへ行こうかなと言う。よかったねと言いながら私は複雑な気持ちになる。夫はおじいちゃんになる。私はお姉ちゃんのまま。

    これから先、夫婦二人だけで年老いていくのだと思っていた。互いだけを頼りに、互いだけを思って。‥‥んなわけ、なかったじゃないか。夫には息子がいる。そして孫が生まれる。そうやって彼の命は繋がれていく。愛おしいものを遺していくのだ、この人は。この世に存在した意味も証拠も残らない私とは違う。

    やがて生まれた幼子を連れて息子夫妻が我が家に滞在する日も来るだろう。子供という生き物の取り扱い方を知らない私は、戸惑い呆れられ疲れるだろう。そんな先のことまで頭に浮かんで、食事中、私は黙り込んでしまった。

    夫にとってこれ以上ない喜ばしい報せを一緒に喜べない自分のケチさにも気が滅入る。仕方なく、夫に白状した。「あなたには、おめでとうって心から思うんだよ。でも私が嬉しいわけじゃないんだ。ごめんね」。

    夫の顔が曇るかと覚悟していたのだが、そんなことはなかった。「ああ、もちろんそれは分かるよ。僕だって、自分が浮かれてるわけじゃなくて、息子におめでとうって気持ちの方が強いよ」。

    夫は本当に優しい。お姉ちゃんのまま歳を重ねるしかない私の未熟さも痛みも、わからなくてもそのまま受け止めてくれる。同じ気持ちにはなれなくても、一緒に歩いてはいけそうだ。

    本日の献立

    鶏レバーの大蒜醤油炒め
    白菜の煮浸し生姜風味
    じゃがいもの煮っころがし
    きゅうりの梅おかか和え

    夫、ニコニコと完食。

    なんか気が乗ったので(滅多に乗らない)コマコマと作った。じゃがいもの面取りまでして、自画自賛。このところ、作るものの傾向がおばあちゃんの和食みたいになってきたな。いや、昨日はマカロニチーズだったけどね。

    ガイジンは差別用語か

    日本では、誰が言い出したのか定かでないが、日本人でない人を指す呼称として“外人”はダメで“外国人”は政治的に正しいということになっている。らしい。国籍の異なる両親のもとに生まれた子について“ハーフ”は差別的なので“ダブル”とすべしと主張する人々もいるが、こちらは定着しているとは言い難い。

    奇妙なことに、ガイジンといえばたいていの日本人が真っ先に思い浮かべるのは白人で、外国人というと他の人種もぜんぶ含まれる。

    エスキモーとイヌイト、ラップとサーメのように、当事者の言葉での自称を正規とする、それは理解できる。さらに、ニグロとブラックのように、どちらも黒という意味だが、語自体の意味とは無関係にそれぞれの呼称の用いられてきた歴史的社会的文脈から、呼ばれる側がより心地よい方を政治的に正しいとする。これもなるほどねと思う。

    しかし生まれながらに国民である者との対比で外から来た者を“外人”と呼ぶことがなぜ侮蔑的なのか、腑に落ちない。日本語以外でも、自国民以外を指して Auslander、ulkomaalainen、utlending など、外のの人と言う言語もあれば、foreigner、étrange とはっきり“異物”という意味合いの語が一般に用いられる言語もある。

    私は foreigner と呼ばれることにまったく抵抗を感じない。さらに移民と呼ばれるのも、ステキな響きではないものの事実だから仕方がない。どちらもかな〜りバカにされる立場であるが、余所者として住まわせてもらう以上はそういうものだと腹を括っている。

    だから日本で、珍獣扱いされる以外にはさしたる不便も被っていないばかりか、むしろチヤホヤされている白人が、ガイジンと呼ばれて鼻白む気持ちは、さっぱりわからない。
    プロフィール

    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

    引用・転載は原則として歓迎ですが、事前にご一報ください。どのような論旨・目的での引用・転載か、把握しておきたく存じます。

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