スポンサーサイト

    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。

    なんちゃって日本食ブログ

    レシピブログを始めました。永年の在外暮らしで集めてきた、現地食材で安く簡単にできる和食もどきのレシピ集です。まだほとんど空白なうえに全部英文ですが、よかったらどうぞ。
    スポンサーサイト

    インドの特権階級

    毎年恒例のスイカ・パーティーをした。うちの中庭にご近所さんが集まって午後いっぱい、無垢なスイカを危険なテキーラに浸したフルーツポンチを主菜に、手まり寿司(日本人提供)、アドボ(フィリピーナ提供)、ハモンイベリコ(ほぼスペイン人提供)、フロマージュ(フランス人提供)などなど楽しんだ。

    ご近所さんらは、驚くに及ばずいろんな国から来ている。中の一人ディアはインド人エリートで、30代にして大手銀行の重役。裕福な家庭に生まれシンガポールとインドで育ち、ケンブリッジを出て、同窓生で同じくインド人エリートのアビシェクと結婚した。

    二人の間には珠のような女の子アミが生まれ、順風満帆の船出に見えた。しかしイギリスでは、高給取りとはいえ貴族ではない彼らには、インドで当たり前だったような大勢の使用人はいない。仕事と育児にてんてこ舞いの日々、それぞれ王女王子のように育てられた若夫婦はエゴがぶつかり合い、あっという間に破綻してしまった。娘の窮地を助けようとインドからディアのお母さんが頻繁にやって来ては長逗留していたのも、状況を悪化させた一因のようだ。

    知り合った頃まだ0歳だったアミはもうじき4歳になる。赤ちゃんの頃は朗らかで手がかからず、パブでもレストランでも天使のように眠っていた子が、両親の不和と別離、出て行った父親への思慕の中で、むずかり屋で我儘で人見知りの激しい、悲しい女の子に育ってしまった。

    無理もない。お母さんのディアは早朝アミを保育園に送ってからはストレスマックスの職場で一日を過ごす。アミはインド人のナニーが保育園で迎えて家に連れ帰り、夕食を食べさせ、8時ごろ帰宅するディアに引き継ぐ。日中ずっと他人の中で我慢していたアミは、疲れ切ったディアにべったりギャーギャー甘える。罪悪感も手伝って、ディアは娘を叱ることもなく、ただ泣かせ、機嫌をとる。

    私はディアとそれほど親しいわけではないが、その辺の事情は、なんせgated developmentという小宇宙を成すご近所なので、共通の友人から筒抜けだ。

    「アミはこの頃どう? ちょっとは落ち着いてきた?」
    私のこの訊き方が下手くそだったのだろう。
    「なんのこと?」
    しらばっくれるディア。そこでお茶を濁せばいいものを、テキーラスイカのせいで私は続けてしまった。
    「ううん、この前会った時、ちょっとご機嫌斜めかなと思ったんで。だって赤ちゃんの時はめっちゃご機嫌のアミだったじゃない?」
    「アミは、ず〜っと手のかからない大人しい子よ。周りの気を惹こうなんて全然しないし」。

    ここまで事実と正反対の主張を堂々とする気位の高さには、尻尾を巻いて引き下がるしかない。ただの近所のオバサンでしかないアンタに、私のプライバシーを詮索なんてさせるわけないでしょ。まあそういうことだろう。

    余計なことを訊いた私が悪いのではある。ただ、ディアの語気に、なんだか心地の悪い階級意識を感じてしまった。

    私はディアに、日本での自分の家系や生育環境は話したことがないが、逆にディアとアビシェクからは直接聞かされている。なんでかと考えると、明治以降の日本では、天皇か徳川の系統でもない限り、家系なんてものはあんまり意味がないので意識もしないが、インドではものすごく重要だ。生育環境にしても、単に金持ちなら日本でもひけらかす人は多いが、それ以外の特殊な環境は、ワザワザ言うようなことではない。親がどうあれ、本人がうまくいってるかどうかが重要なので。

    ディアの場合は、もちろん彼女自身の努力と才覚で今の地位を築いたのではあるけど、もともとインドで超お嬢でなければ、インターナショナルスクール→ケンブリッジ→エトセトラというコースのお膳立てはなかっただろう。

    ディアとお喋りしていて、ヨーロッパの大人であれば階級問わずフツーに通ってきたであろう愚かな失敗やヤバい経験を、何一つ知らないことに驚く。変ちきりんなバイトとか、マリファナがらみの話とか、こんぐらかった異性関係とか。それが良い事とは思わないけど、道を踏み外すのも人生の滋味じゃないのかな。間違いであっても、犯さないまま想像するよりやっちまって反省する方が、心が豊かになるような気がするって、負け惜しみか。たぶん負け惜しみだ。

    発展途上国(という表現に問題を孕むが)の特権階級の“特権”ぶりは、先進国(同上)の私たちの想像を超えたものだ。日本では、そこらのサラリーマンの娘だってロイヤルビッチ佳子さま同様にイギリス留学ぐらいできるし、したからって別に未来が開けるわけでもない。インドでは、ムンバイのゴミ山で売れるモノを拾っている子供は、どんなに頭が良くたってケンブリッジになぞ行けはしない。それだけに、インドで特権階級に生まれた人の選民意識には峻烈なものがある。

    というのは全部、インドを知らない私の、ただの仮説。なんかそんな感じがするので、もっと知りたい、理解したいと猫みたいな好奇心をそそられてしまったのだ。

    性差別の昨日今日 (Prime Suspect)

    今夜夫となんとなく観ていたのが、1990年代に一世を風靡した刑事ドラマシリーズ Prime Suspect。女性刑事ジェーン・テニソンが、警察内部での女性蔑視と苦闘し、女としての幸せを犠牲にしても、弱者を蹂躙する殺人事件を解決していく。イギリス刑事ものの必ずしもハッピーエンドでない特徴を踏襲している。

    警察の男たちによるテニソンいびりがあまりに酷いので、夫は「ちょっと誇張しすぎじゃないの」と言う。「いや、今から30年近く前、しかも超男性社会の軍隊や警察では、あんなもんだっただろう」と私。日本ではおそらく今でも、警察はおろかフツーの職場でもそうだけどね、とまでは思いはしたが言わなかった。

    現実の受け止め方が、男女でかなり違うんだなあ。

    1980年代後半、私は出版社で、編集長にろくな訓練もされないまま即戦力として3年間馬車馬のように働いた。ところが男性の新人が入ってくると、この若者に編集長は手取り足取りべったりになり、私なんて最初から居なかったみたいな扱いになった。

    その少し前、母は教会関係の職場で男性上司にレイプ寸前のセクハラを受けた末に不当解雇された。それを告発しようとしたところ、聖職者である教団上部の男どもがつるんで加害者の肩をもった。当時ちょうど東京教区長になろうとしていた父に「お前のかみさんを黙らせれられないなら、あの話は白紙だ」と圧力をかけてきて、父は自分の名誉欲のためにあっさり妻を売り払った。

    私が9歳から15歳までの間、3件にわたり別々の男どもによって虐待されたことには言及するまでもない。

    男性社会とはじつに子供じみていながら凄惨で醜悪なものだ。

    だけど男である夫には、その暴虐をまともに喰らった体験がないわけで、テニソンの苦境にも感情移入できないのだろう。ずいぶん共感力があり、人生の機微を知る人なのに、こと性差別に関しては、男であるというバカの壁は超えられないということか。

    残照

    昔東京の出版社で一緒に働いていたMさんが、昨年亡くなっていたことを知った。

    Mさんは真正のイギリスおたくで、大学で英文学を専攻し、ヘヴィメタを愛した。夢叶ってロンドンに渡ったのは25年以上も前。以来当地でファッションジャーナリストとして働いていた。純文学の翻訳も手がけ、大手出版社から訳書が出ている。 

    「目には目と歯を」が口癖で豪放で激しい一面、脆さと優しさも抱えていたMさんは、イギリス帰りの私に興味をもち可愛がってくれた。仕事も私生活もダメダメな私はMさんにドヤされ励まされていた。でもある時、私はMさんに愛想を尽かされてしまった。それっきり交信は途絶えた。ロンドンで活躍しながらMさんは、多分、私のことなんて忘れていただろう。 

    それでも私からMさんを嫌いになったことは一度もなかった。10年ほど前自分もロンドンに住むようになってからは特に、Mさんはどうしているかなと時々検索していた。そして行き当たったのが、FB上の“Mさん追悼ページ”だった。 

    仕事に行き詰まっていたのかもしれない、失恋したのかもしれない。私がいやというほど味わった異国で独り生きる淋しさ辛さは、Mさんも同じだったろう。だけど遠い日、何かに落ち込んでは死にたいなどとこぼす私を「馬鹿なことグダグダ言ってるんじゃないよ」と叱り飛ばした彼女が、ロンドンのどこかで誰にも看取られず自ら命を絶ってしまった。泣き虫だった私はといえば、同じロンドンで、なんだか幸せになっているというのに。

    ダイアナ妃が亡くなった時、弟さんか誰かが「これほど愛されていたと彼女が知ってさえいたなら」と言っていた。Mさんも、彼女自身は思い出すこともない誰かがMさんを覚えていたこと、知らないまま逝ってしまった。私だけじゃない、大勢の心の中にMさんがいたこと、本人は知る由もなかった。

    一年も経って訃報に触れ、私はMさんのことを考え続けている。人は二度死ぬという。一度目の死は、その人の身体が消え去った時。そして二度目は、その人を知っていた人がみなその人のことを忘れてしまったか居なくなるかした時だと。  

    私の想いの中でMさんは、まだ存在する。それは、Mさんの命の残照‥‥陽が落ちた後しばらくの、うっすらと赤い光なのだ。Mさん、安らかに。

    悪口:ケイト・ミドルトン

    ウサギのように繁殖しているケンブリッジ公夫妻。ウィリアムのことは別にどうとも思わないが、ケイトの方は(日本でキャサリン妃と呼ばれていることも含めて)めっぽう気に入らない姑根性の私である。

    何が嫌いって、下品なのだ。化粧や服装もそうだが生き方そのものが、LMC(下層中産階級)丸出しにがめつい。イギリス中産階級は、上層中産階級であっても、上流に見られたい、あわよくば加わりたいというあさましさが独特の味わいを醸している。名古屋嬢みたい。

    ウィリアムは、母親の好みを受け継いだようだ。ダイアナは貴族ではあったがオツムが良くはなく、安っぽいわかりやすい趣味の持ち主だった。デュランデュランの音楽やヴェルサーチの服を好んだ。彼女の数多い恋人の中でもとりわけ夢中になった相手はフライドチキン大好きなパキスタン系の心臓外科医だった。ダイアナは少年のウィリアムを、わざわざ変装させてマクドナルドに連れ出したりもした。そのウィリアムはケイトのことを "My Princess Ordinary" と呼んでいたそうで、彼女が庶民であること自体に魅力を感じていたのかもしれない。

    だから好みの相手と結婚できてめでたしめでたしで、それでおしまいの話。なんだけど、王室のある国に暮らす身としては、ふう〜んとかも思うわけである。

    ケイトは母親がエゲツない上昇志向で、"Keeping Up Appearances" で揶揄されまくった見栄っ張り中流夫人を地で行く。ケイト自身も10代の頃からウィリアムの大ファンで、寝室の天井にポスターを貼っていた。そして母親にハッパかけられ王子と同じ大学に進学、見事ハウスメイトとなった。

    日本の紀子さんと似たパターンだ。高価な服に身を包み仮面のような笑顔を浮かべ続けても滲み出るあの下品さが、共通している。

    紀子さん同様ケイトも、一度もまともに働いたことがない。まあ大学在学中から未来の国王とデートしていれば、キャリア選びも不自由だったかもしれない。にしても、就職しようという気配すらなかった。そして30いくつになってようやく婚約を勝ち取るや否や、アホみたいにダイエットして洋服買いまくった。ストレスで痩せたとかじゃなく、意図的なのよと自分で言っていた。その後もなんかに憑かれたように痩せ続けている。摂食障害が蔓延する時代に、たいしたロールモデルだ。

    要するに、たまたま王家に生まれただけで人徳がつくわけじゃなし、趣味が悪いのもしょうがない。王室なんてロクなもんじゃねぇ。ぜんぜん意味わからんです。

    お休み中

    書く事が何もないので更新サボっております。そのうちまたネタを思いついたら続けますんで、気長におつき合いください。日常は相変わらずです。猫、夫、飲み友達に構われ(邪魔され)ながらロンドンの端っこで静かに暮らしております。
    プロフィール

    シカ

    Author:シカ
    夫のカエルとともにヨーロッパに住むシカです。シカは日本生まれですが、ここ20数年イギリス、フィンランド、ノルウェー、スペイン、ドイツ、振り出しに戻る(イギリス)と流れてきました。カエルはフランス生まれです。詳しくは自己紹介ページへ。

    引用・転載は原則として歓迎ですが、事前にご一報ください。どのような論旨・目的での引用・転載か、把握しておきたく存じます。

    最新記事
    最新コメント
    カレンダー
    プルダウン 降順 昇順 年別

    06月 | 2018年07月 | 08月
    1 2 3 4 5 6 7
    8 9 10 11 12 13 14
    15 16 17 18 19 20 21
    22 23 24 25 26 27 28
    29 30 31 - - - -


    カテゴリ
    メールフォーム

    名前:
    メール:
    件名:
    本文:

    リンク
    フリーエリア
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。